長野からもらってきた餅にカビが生えた。
暮れの30日についたものだから、16日経っている。おやつ用に大学に持ってきて冷蔵庫に入れっぱなしだったから気が付かなかった。
しかし捨てるわけにはいかない。
食べ物を捨てることと、家庭菜園の収穫物を無駄にすること(優先的に使わずにスーパーから買ってくること)には異常なほど抵抗感がある。
自然科学者として、「皆捨てるから」、「ふつう食べるものじゃないから」という理由は納得できない。学生時代、水野伝一先生が「私は床に落ちたパンでも平気です。汚いという意味を考えてください。」と言われたことをずっと心にとめている。
カビの美しい色というのは共役二重結合が伸びた化学物質ができていることを示す。これは肝臓で酸化されてエポキサイドができやすいから、大量に入れれば高分子と結合し肝炎、へたするとガンになる。
ただし私は動物実験からこのくらい食べても大丈夫だと思う。しかし、かび臭いので削ることにする。削っても白い菌糸は内部まで入っているが、これは毒性がないものと思われ、体内で繁殖することもないので食べる。
さて、この色鮮やかな斑点。
19世紀、ロベルト・コッホが、この餅と同じようにジャガイモの切れ端に生えた色鮮やかなカビを見た。その斑点1つが同じカビのコロニーになっていることに気が付き、固定培地を思いつく。日本の寒天を使った培地を工夫した。多種雑多な細菌の混合物でも希釈してここにまけば、別々のコロニーとなり、単一の細菌が得られる。
ライバルのパスツールが無菌培地に微生物が発生しないことを示した時にフラスコを使っていたように、当時は液体培地で実験していた。これでは病原菌の単離が難しい。ごく少量とって新たな培地に移し、繰り返すことにより純化できるかもしれないが、不可能に近い。
コッホの研究室から続々と病原菌が単離され、ノーベル賞受賞者のベーリング、エールリヒや北里など、多くの著名研究者が育った要因には、このかびたジャガイモがある。
固定培地の発見こそノーベル賞ものだが、誰もが目にするありふれた光景だから、賞にはしにくい。
しかし、これこそ偉大なセレンディピティの典型であろう。
『セレンディピティと近代医学』では、コッホが初めてジャガイモを使ったかのように書いてあるが、1872のJ.Schroeterが先である。しかしジャガイモでは栄養成分が変えられないから生える菌が限られる。コッホはゼラチン培地を考えたが、37度で溶けるばかりでなく、菌が増えても溶ける。
それを解決する寒天は、「オランダ領東インドに赴任していたある同僚の妻から教わった」(p51)とあるが、彼女はコッホ研にいたWalter.Hesseの妻である。彼女もコッホ研で実験助手をしていたからジャムやフルーツゼリーに使っていた寒天を教えられたのである。
彼女はアメリカで育ったドイツ人で、母親がアメリカでジャワで暮らしたオランダ人から教わったようだ。いずれにしても、ジャワからドイツまでは遠い。コッホは頭もよかっただろうが、運も良かった。
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