2020年1月22日水曜日

畠山記念館、池田山、ねむの木

1月19日、練習で五反田の品川総合体育館に来た。
ケンカしたので早めに切り上げたらまだ明るい。
2週間前は島津山を散策したので今回はその北まで足を延ばす。

15年ぶりに来た頌栄女子学院の正門前を過ぎ、西北へ細い道をいくと豪邸。
守衛さんもいる。
しっかり閉ざされているから一般のマンションではない。
2020-01-19 16:08
日本ではあまり見ない白亜の建物。
成金の豪邸みたい。
地図を見れば、テラス白金makiとある。
ネットでは孫正義と関係あるようなことが書いてあるが不明。
外からは建物と森しか見えないが、上から見ると広い芝生の庭がある。
上が南
左に頌栄(グラウンド、体育館も)、右に池田山公園が見える。

豪邸横の坂を南に下り始めたところに畠山記念館。
テレビで見たことがある。
丸に二つ引きは足利氏の家紋で有名。
そういえば、足利氏一門に、畠山氏がいる。
細川、斯波、吉良、今川、石橋、一色もそう。
応仁の乱は、室町幕府管領家の畠山、斯波の家督争いから、細川勝元と山名宗全の勢力争いに発展した。

記念館の公式サイトによれば、
創立者畠山一清(1881―1971)は能登国主、畠山氏の後裔で、東京帝大を卒業、技術者としてポンプの開発に取組み、荏原製作所を興す。事業のかたわら、即翁と号して能楽と茶の湯を嗜み、美術品を蒐集した。

昭和の初め、旧寺島宗則伯爵邸のあった白金猿町の土地約3000坪を購入、奈良般若寺の遺構や、加賀前田家重臣横山家の能舞台などを移築、私邸「般若苑」を造営した。

3000坪と言うとさっきの白亜の豪邸も敷地だったのかもしれない。

戦後、国宝の「林檎花図」「煙寺晩鐘図」をはじめ、大名茶人松平不昧の茶道具や加賀前田家伝来の能装束など美術品をあつめ、苑内の一角に美術館を建設、昭和39年に畠山記念館が開館した。
工事中で休館。もっとも16:12だから閉館時刻だろう。
なお、この坂の途中で港区白金台2丁目から品川区東五反田4丁目に変わる。

坂を下りると東京医療保健大学。
専門学校みたいな名前。もっと主張のある名前の方がよい。
2005年に設立された。ちょうど薬科大学の設立ラッシュの時期である。
東京、千葉、和歌山に看護学部をもち、いずれも大きな病院に隣接しているらしい。
左はNTT東日本関東病院、右は東京医療保健大学

NTT関東病院の北側をぐるりと回ると公園がある。
16:20 池田山公園
備前岡山藩池田家の下屋敷があり、一帯の高台を池田山と称した。
明治以降も池田氏の邸宅があったが、だんだん宅地化され、奥の庭の部分を品川区が取得、1985年に公園として開放された。
入ると地元の子供たちが鬼ごっこだろうか、ものすごい勢いで駆け回っていた。
急斜面、樹木、巨石、大けがをするかもしれないが、子どもは自由に遊んだほうがいい。
でも公園というより池泉回遊庭園をただ走るのに使うのは贅沢である。
文京区の六義園は有料にしてしまったから子どもの遊び場ではなくなったが、ここは近所の子供たちの生活の場になっている。

この辺り坂道が入り組んでいるので地形図を示す。
国土地理院の公式サイトから
左下から右上に伸びるのは国道一号線。その下、(文)の清泉女学園一帯が島津山。
国道の上方、屈曲点の左の(文)は頌栄。本館の高台は港区白金台、低地の体育館は五反田である。
中央の谷にある病院マークがNTT関東病院。
病院の西側一帯が池田山、その北の端、北に向いて窪んでいるのが池田山公園である。

どうしても文京区と比較してしまうが、これだけのものを維持管理しながら無料開放している品川区の方が豊かに思えた。
別に六義園は有料でもいい。しかし、古い邸宅や庭園を区で購入して残そうという意識は港区や品川区の方がある。文京区は所有者がデベロッパーに売るのを黙ってみているだけだ。
16:28 こちらの入り口は記憶にある。
2012年2月12日、池田山の高級住宅街を散歩してここまで来たことがある。
当時、鶴見在住のTさんと組んでおり、品川区総合体育館で練習していた。
早く五反田駅に着いたので、練習前に有名な「池田山高級住宅地」を散歩したのである。
島津山同様、立派な家が並ぶ。
北西の花房山、南東の御殿山、八つ山とあわせ、高級住宅街と知られる城南五山に数えられる。

解体していた家も大邸宅だったようだ。
低層マンションになるのだろうか。

インドネシア大使館官邸
大使館とは大使の館だから、さらに官邸をつけるのは屋上屋の気もしないではない。
ところが後で地図を見たら、この西側、背中合わせの坂下、首都高に面して「インドネシア大使館」があった。大使館と大使館官邸は違うようだ。大使館私邸というべきではないか? あるいは大使館を○○国サービスセンターとでもするとか。

インドネシア大使館官邸の南門
この国は世界4位の2億6400万人。
資源にも恵まれ大発展する可能性を秘めている。

大使館官邸の前の道を南下するとねむの木の庭に突き当たる。
16:34 ねむの木の庭
1933年に建てられた旧正田邸は、英三郎氏の死後、2001年に相続税の一部として物納され、2002年に解体された。この時の保存運動は記憶にある。「しかし美智子皇后の使われた風呂場や便所を皆が見るのもどうか」という保存反対意見を覚えている。
私としては残って欲しかったけど。
その後、品川区が国から公園用地として跡地を取得、2004年「ねむの木の庭」として開園した。
2012年に来たときは通らなかったので、初めて来た。
解体前に来るべきであったが、20年前はそれほど散歩に興味がなかった。
ねむの木。葉っぱが落ちていると何の木か分からない。
もちろん解体されたあと更地に植えられたもの。
美智子さまゆかりの樹木や、お歌の中で詠まれた樹木や草花約50種が植えられている。

周囲は豪邸が多いが、写真でみる正田邸は、戦前の良き洋館という感じで、
千駄木の島薗邸に雰囲気が似ていた。

池田山の南の端、天理教の会館

五反田公園
山手線の駅から近く、この坂が五反田繁華街と高級住宅街を分けている。
港区、品川区の住宅街の坂は名前はなくとも景色のよいものが多い。
文京区と比べて住宅の緑が多いせいだろうか。
16:49 五反田駅到着
駅の西口は歓楽街として有名。
マンションなどは住所の東五反田よりも島津山(3丁目)、池田山(5丁目)という名前を好んでいる。

別ブログ
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