2024年8月19日月曜日

エアコンの排出熱は太陽と比べれば無視できるか

暑くて、ブログや庭いじりなど、いろんなものを休んでいた。

2024₋08₋19
しばらく庭に出なかったら、とんでもないことになっていた。
ここは5番畝、6番畝だが、サツマイモが二本の通路を覆い隠し、一面みどりで足の踏み場もない。

昨年はこんなに暑かったかな?と思うが、記録を見れば気温は似たようなものだ。

出かければ、エアコンをぜいたくに使った快適な空気と、それ以上に、室外機から灼熱の外に排出される熱気の両方を感じる。
そのことから、地球温暖化は二酸化炭素よりも、人間の活動による排出熱のせいではないか、と考えた。誰も言わないが、私の実感に基づく仮説だから、このブログでも書いてきた。
しかし、読者もいないこともあり何の反応もない。

そこで、自説の正誤について考えた。
人的排出熱とは、火力(化石エネルギー)、原子力、風力、水力、すべて、利用したエネルギーの総和に等しい(消費だけでなく生産過程も含めて)。
これが太陽エネルギーと比べてどうか?

街を歩いて人込みと熱風に当たると、人的排出熱の多さをひしひしと感じるが、いっぽうで灼熱の太陽を見あげれば、その偉大さを感じる。そもそも人的排出熱の大部分は化石燃料であり(電気に限れは半分)、これは本来太陽エネルギーで作られたものだ。太陽エネルギーのごく一部で作られ、それを人類が何十年何百年にもわたり少しずつ消費し続けるのだから、人的排出熱は太陽熱に比べれば大したことはないと思われる。

つまり、地球温暖化は太陽熱の収支バランス(地表への照射と宇宙への放熱)のほんのわずかな乱れで起きると思ったほうが良い。すなわち私は自説を撤回せざるを得ない。

では温暖化は二酸化炭素のせいかというと、私はまだ世間の人々ほど素直でない。
あれは仮説であって、まだ証明されたわけではない。
世間の人は事実のように思っているが、根拠は
(1)年平均気温の上昇が二酸化炭素濃度の上昇に一致する。
(2)二酸化炭素の上昇が温暖化を説明しうる
という2点だけである。
(1)については自動車の普及とか人口増加(農業生産)とか様々なものが温暖化に一致する。(2)については、論文著者という人々は誰もが書くことである。

仮説が証明されるには(あるいは信ぴょう性が増すためには)、二酸化炭素濃度が下がったとき、温暖化が収まるとか、遠い未来を待たねばならない。

しかし未来の証明を待っていたら手遅れになるかもしれないから、温暖化ガス削減に反対するつもりはない。
ただ、この仮説を利用して金儲けの手段にしているのが許せない。電気自動車、水素自動車を二酸化炭素を出さないクリーンな車として売り込む。電気、水素を作るのにどれだけ二酸化炭素を出そうと、自動車メーカーは自分と関係ないと知らんぷりする。「脱炭素」は大きなビジネスチャンス(金儲け)になっている。金が動くとなると経済界、政治家、メディアは一緒になって世間をだまそうとする。

私のように、なんでももったいない、1970年代は良かった、という人ばかりだと経済は回らないのである。

しかし、エアコンの排出熱や、ヒートアイランド現象は大したことないのではないか、と考えると、もっとガンガン電気を使ってもいいのかな? と少し思う。

ただ、歩きながら小型扇風機を手にもつ若者をみるにつけ、「このくらい我慢できないのだろうか」と将来の日本を心配になるのは年寄りだからか。

2024₋08₋19
サツマイモを足でかき分けて奥に進むとインゲン。
肥料が多すぎたのか、繁っているが実がつかない。

しばらく見なかったメロンは、ウリハムシとアブラムシにやられ瀕死の状態。
こちらは6月に食べて捨てた種から発芽したもの。
種は取ってあるので来年に期待。
2024₋08₋19
今年初めて実をつけたデコポン。
これが色づくときは寒くなっているかな。