2026年4月25日土曜日

お花茶屋の曳舟川遊歩道と葛飾区立博物館

葛飾区のお花茶屋で降りた。

50年前東京に出てきたころ、地図を見ていて京成電鉄の堀切菖蒲園とお花茶屋の2駅が目についた。いい名前だと思っていたが、行く機会はまったくなかった。葛飾区というのは4年前定年退職して京成高砂で畑のアルバイトをするまで50年間ほとんど縁がなかった。区の北の端にある常磐線の金町と亀有に1度ずつ降りただけ。

もっとも、よく考えたら江戸川、足立、墨田区などもあまり行ったことがない。錦糸町、葛西などにダンスで行ったことがある程度。練馬、杉並、中野など西のほうも詳しくない。
散歩好きでないと、用事があって出かけたときにその周辺を歩く程度になってしまう。つまり都心部しか行かないものだ。

さて、京成高砂に行くようになって早4年。
途中の青砥、堀切菖蒲園に降りてみたので、4月8日、お花茶屋にも降りてみた。もちろん用事はない。
12:29
京成電鉄 お花茶屋駅
変わった駅名だ。将軍吉宗が鷹狩りに来たとき腹痛を起こし、お花という娘のいる茶屋に立ち寄ったという伝説だが、一次資料はないらしい。実際に茶屋はあったとしても吉宗、お花は後世の物語のたぐいだろう。ずっと地名ではなかったが昭和6年(1931)に京成の駅名となって一気に知名度が上がり、1960年の住居表示で初めて行政の定める地名となった。
12:30
お花茶屋駅
ほかの京成の駅と同じく、駅前広場はない。
広場はないが、少し東に行くと広々したところに出た。
電車から見える公園のようなものがある。
12:31
近年、日常的に通ることがなくなった踏切。
京成は、新幹線や京急・関西の私鉄などと同じく国際標準である1435mm(標準軌)を使っている。いっぽうJR在来線や普通の私鉄は1067mm(狭軌)である。
(ちなみに古い地下鉄銀座線、丸ノ内線も広い標準軌である。この2線が周辺他社線に乗り入れていないというのは地理的制約以外に線路幅の違いもあるかもしれない)

それにしてもこの広い道路は葛飾区らしくない。
幹線道路というわけでもなく交通量も多くない。というか、ほとんど車が通らない。
これは川を暗渠にしたのではないかと思った。
そのうち中央分離帯が遊歩道になり、その両側が車道になっていて、ますます川の跡という思いを強くした。

歩いていると案内板があって「ああ、そうか」と気が付いた。
12:35
「曳舟川親水公園」
ああ、そうか。
以前、墨田区の曳舟川の跡を自転車で走ったことがあったが、ずいぶん離れているから、川筋が頭の中でつながらなかった。

曳舟川は埼玉八潮の中川・古綾瀬川から浅草の対岸、本所の北十間川(隅田川)まで続いていた運河である。岸から馬や人力で船を引っ張ったからこの名があり、両側に道があったから川の跡は単なる水路、川より広い。
明治11年
左に北千住、隅田川、南千住。右側の斜めにまっすぐ伸びているのが曳舟川。
ほかの蛇行する河川とちがい、人工的な直線が目立つ。

曳舟川は、幕府が本所開拓に伴う上水として、万治2年(1659)に開削したもの。当時は、本所上水、亀有上水などと呼ばれた。その後、享保7年(1722)に上水としては廃止されたが、運河として農産物の運搬に使われた。

曳舟川とその道筋は1913年から1930年すなわち大正昭和にわたって掘削された荒川放水路によって分断された。この川幅は当時としては破格に広く、曳舟川は墨田区と葛飾区で分かれその一体性はなくなった。私が気付かなかったのはそのせいもある。
12:38
遊歩道はますます公園らしくなり、細長い池があった。
しかしビオトープというわけでもなく花菖蒲の池というわけでもなさそうだ。
「たんぼ」だった。
12:39
「お米カレンダー」
田起こしから田植え、稲刈り、脱穀まで一年の作業が看板に書いてある。
都会に住む子供たちに郷土の歴史の一つとして教えているのだろうか。

亀有上水は飲み水としての役割が終わった後も利根川から取水する葛西用水の末端として水田に潅水した。昔は見渡す限り水田だったのだろうか。

浅草の向こう、つまり隅田川の対岸の向島(現・墨田区)は、昭和7年になって東京市に編入されるまで南葛飾郡の田舎だった。風光明媚という言葉があったほどだ。しかし、さらにその外側、荒川放水路の対岸の現・葛飾区などは同じ南葛飾郡でも、もっと田舎だった。

ちょうど「田んぼ」の斜め向かいに区立博物館があった。
12:40
「葛飾区郷土と天文の博物館」

入場料は大人100円。自動券売機の前に立つと係の女性がさっときて、プラネタリウムをご覧にならないならこちらのボタンです、と親切に画面のタッチする場所を指示してくれた。こちらはそこまで耄碌していないが。
展示は二階のほうになります、と言われたが逆らって一階から見た。
12:42
といっても1階は葛飾区内の寺社、すなわちご利益マップくらい。
柴又帝釈天しか知らないが題経寺として出ているのでぱっと見つからなかった。

12:43
1階ロビー
訪問客は私だけ。

二階に上がる。
展示室は1フロアだけのようだ。
12:43
白を基調に明るくきれい。
縄文時代から始まるかと思ったら、葛飾区あたりが陸地化されたのは弥生時代末期らしい。古墳時代になると青砥、立石、柴又あたりに古墳が作られた。
12:44
古代国家の時代

律令時代になると国―郡―里(時代が下ると郷)という行政区分ができた。
(武蔵国はのちに東海道になるが、はじめは東山道だった。西からくる海の道は武蔵に行かず船で安房、上総に行ってしまったのだろう)

葛飾区のあたりは下総国葛飾郡である。

平安時代末期、下総国葛飾郡の南西部、すなわち葛西地方は秩父氏の一族豊島氏の庶流が葛西庄(葛西御厨)を領有して葛西氏の祖となった。葛西氏は鎌倉幕府初期の有力御家人だったが、奥州にうつった。

やがて鎌倉幕府が倒れ足利氏が室町幕府をひらくが、政治の中心は関東から京都に移る。
12:46
鎌倉公方と上杉氏

足利幕府は鎌倉政権が倒れた後の関東10か国を統治する機関として鎌倉府をおいた。その長官として足利一族から鎌倉公方を出し、関東管領に補佐させた。管領職は上杉氏が世襲した。上杉氏は山内、扇谷、宅間、犬懸の4家に分かれ、葛飾郡の鎌倉に最も近い南西部すなわち葛西は、山内上杉氏の所領だった。

徳川家康が江戸にくるまで関東の出来事は日本史を変えることがあまりなく、我々が習う日本史は京都中心の西日本のことばかり。
まあ、仕方がないともいえるが、関東の寺社や街道などを思うときに基礎知識の不足を痛感する。この区立博物館は割ときれいにそのあたりをまとめて展示している。

12:47
戦国時代のかつしか

室町時代が進み15世紀中ごろ、鎌倉公方・足利成氏は、幕府・上杉氏と対立した。その結果、享徳の乱によって相模国鎌倉から古河に本拠を移し、初代古河公方となった。この乱は28年続き、関東はほぼ旧利根川を境として二分され、戦国時代の幕開けとなる。扇谷上杉氏の家宰・太田道灌が上杉方として活躍するのはこの乱である。
葛西は水運が重要であった当時、古河など内陸と海の中継点として要衝であり、上杉方の最前線だった。
12:47
戦国時代のかつしか
16世紀になると伊豆の北条早雲が相模の上杉領に侵入し、やがて葛西も北条氏に飲み込まれる。ここでようやく関東も日本史の舞台となり、北条が秀吉の小田原征伐で滅び、家康が関東に入り、以後幕末まで続く。
12:48
河川と用水
関東の歴史で面白いのは河川の変遷である。
こういう地図を見ると見入ってしまう。
関東の水を集めた利根川は下流で分かれ、西は古墨田川、中は中川、東は江戸川として東京湾に流れ込み、葛飾区のあたりはそのど真ん中である。葛飾だけでなく江戸の町の東部も洪水の脅威があったから家康関東入府いらい工事をはじめ、1654年、利根川を関宿で東の常陸川につなげ銚子に出すという現在の川筋になった。

船の模型があった。
曳舟川の船かと思ったら違った。
12:48
肥船(こえぶね、葛西船)。1/2模型。
昭和30年代後半まで使われたという。神田川和泉橋など東京市内各地で積まれた糞尿は葛飾だけでなく、江戸近郊全体の農村部に運んでいた。明治5年で1564艘あったという。これは川船全体の4分の1にあたった。(地田修一、屎尿・下水研究会)
https://sinyoken.sakura.ne.jp/caffee/cakyoudosisiryou.htm

いま東京23区は、どの区も同じ都会だが、昔は江戸とその周辺でずいぶん様子に差があった。板橋区博物館でも感じたが、葛飾区も武家屋敷、町人地などを経ず、明治以後いきなり田園地帯から住宅、町工場が建てられた。江戸、明治の日本史、文学史で習う人名は出てこず、その分、庶民の歴史展示が充実している。
12:49
葛飾区の空襲。
疎開児童の三食。
区内対象児童の3分の1は新潟県に疎開したという。
12:49
誰もいないはずのフロアの奥のほうから声が聞こえてきた。
暗い空間に昔の区内の家屋が再現されていた。

12:50
声の主はテレビだった。
葛飾区の一般家庭が再現されている。
ちゃぶ台、黒電話、ほうき。こういう展示は葛飾に限らず、どこでも昭和が多い。

テレビ放送は1953年に始まり、東京で普及率が50%を超えたのは昭和34~35年(1959~1960)という(全国平均はこれより2年あと)。
12:51
こちらは町工場のようす。

これで一通り見た。
文京区のふるさと歴史館ほど展示品はないが、そのぶん分かりやすくて良かった。

3階は天文関係のようだ。
ここも私一人。
12:52
プラネタリウム以外に簡単な展示があるがすぐ降りた。

12:53
2階の踊り場に守衛さんが立っている。
退屈だろう。

一階に降りるとカウンターに女性の職員が3人、暇そうにしていた。
そこで葛飾区は天文、宇宙と関係あるのかと聞いてみた。
彼女らは顔を見合わせ、その中の一人が奥のほうをうかがう様子を見せた。誰か上司がいるのだろうか。しかし昼休みで出払っているのか、わかりません、と答えられた。

プラネタリウムと郷土資料館を同じ敷地、建物に作ることはよくあることだ。でもそれなら表札を2つ作ると思うのだ。「郷土と天文の博物館」とわざわざ名付けたのは葛飾区が何か天文関係で得意なものがあるのかと思いまして。
と、質問した理由とお礼を言って、外に出た。

・・・・
(曳舟川のブログ)

(板橋、千代田、文京の区立資料館のブログ)

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2026年4月14日火曜日

医薬品売上高ランキング2026年版(2025年度)

 製薬会社を辞めたのが2013年3月、千駄木に引っ越したのと同時だった。

あれから13年、大学教員を9年勤め、定年退職後は競技ダンスをやりながらベーカリー、居酒屋、スーパー、家庭菜園などのアルバイトを経験し、過去の専門からどんどん離れた。
昨年、医療専門の広告代理店(の下請け会社)に行き始めたことから、ちょっと昔に戻った。
そして先日、全世界の医薬品売上高のランキングを作る必要があった。

薬科大学ではほとんど薬剤師国家試験を意識した薬理の講義で、サイエンス(各企業がしのぎを削っていた先端創薬分野)や医薬品経済などから遠ざかっていた。しかし、移ったばかりの頃はM薬科大学で年に一度、製薬企業の歴史について講義していたから、医薬品のランキングについては毎年ウォッチしていた。

そのランキングは毎年2月ころまでに各製薬会社が前年1月から12月までの数字を公開するから、それを業界誌の記者などが集計し、自社媒体に載せる。私は「国際医薬品情報」という月2回発行の雑誌からとって発表資料に入れていたが、毎年5月か6月まで待っていた。

それが、今回、3月にChatGPTに聞いたら、簡単に教えてくれたのですぐ資料を作れた。
まず驚いたのが、
1.5月まで待たずに簡単に数字が得られたこと
2.ランキング構成の医薬品が大きく変わったこと
3.売上額が大幅に増えたこと
だ。

1についてはAIの進歩は素晴らしい。
もちろん平気でうそをつくが、それはAIでなくても同じである。

たとえば今回、最初はAIでなくネット検索した。

やはり、最新の2025年の数字はなく、2024年12月の数字しかなかった。
問題はオゼンピックが458億ドルということだ。かつてリピトールが100億ドルを超えて話題になったのは20年以上前か、あれからインフレとはいえ、こんなに多いものか?
最も閲覧者が多いAnswersNews、日経新聞ともこの数字を出していた。458億ドルというのはメガファーマの全売上高に匹敵する。
実際、2024年のオゼンピックは170億ドルで、同一成分semaglutideのウゴービ、リベルサスを入れれば250~300億ドル近く(2024年)になるかもしれないが、同一のグラフの下のほうにウゴービが154億ドルで出ているのだから、2つで600億ドルになってしまい話にならない。

こういうウソの数字でも専門誌(紙)が2つとも載せていたら読者(専門家含む)はみな信じてしまう。
ちなみに、オゼンピックが急伸したノボ社の2024年の全売上高は421億ドルである。こういうことに気が付かない緩い記者が増えているということか。ITでどんどん仕事のスピードが速くなって雑になったのだろうか。

2.ランキング構成の医薬品が大きく変わった。

私自身のブランクがあるとはいえ、こんなに変わるものか。
人間も病気も変わらない、サイエンスも給料も変わらないのに。
AIを手にしたから、各年度のベスト10を出させてみた。

順位 商品名 一般名 主領域 メーカー 売上(概算・億ドル)
1995 1 Zantac ranitidine H2ブロッカー GSK 30
1995 2 Vasotec enalapril 高血圧 Merck 25
1995 3 Procardia nifedipine 高血圧 Pfizer 20
1995 4 Capoten captopril 高血圧 BMS 20
1995 5 Augmentin amoxicillin/clavulanate 抗菌薬 GSK 20
1995 6 Prilosec omeprazole PPI AstraZeneca 20
1995 7 Prozac fluoxetine 抗うつ Eli Lilly 20
1995 8 Zocor simvastatin 脂質異常症 Merck 15
1995 9 Claritin loratadine 抗ヒスタミン Schering-Plough 15
1995 10 Tagamet cimetidine H2ブロッカー GSK 15

2000 1 Lipitor atorvastatin 脂質異常症 Pfizer 70
2000 2 Prilosec omeprazole PPI AstraZeneca 60
2000 3 Zocor simvastatin 脂質異常症 Merck 50
2000 4 Norvasc amlodipine 高血圧 Pfizer 40
2000 5 Prevacid lansoprazole PPI Takeda 40
2000 6 Procrit epoetin alfa 貧血 Amgen 40
2000 7 Seroxat paroxetine 抗うつ GSK 35
2000 8 Glucophage metformin 糖尿病 BMS 30
2000 9 Claritin loratadine 抗ヒスタミン Schering-Plough 30
2000 10 Celebrex celecoxib NSAIDs Pfizer 30
2005 1 Lipitor atorvastatin 脂質異常症 Pfizer 130
2005 2 Plavix clopidogrel 抗血小板 BMS/Sanofi 60
2005 3 Nexium esomeprazole PPI AstraZeneca 60
2005 4 Zyprexa olanzapine 抗精神病 Eli Lilly 50
2005 5 Epogen epoetin alfa 貧血 Amgen 50
2005 6 Seretide fluticasone/salmeterol 喘息 GSK 45
2005 7 Aranesp darbepoetin alfa 貧血 Amgen 40
2005 8 Remicade infliximab 自己免疫 J&J 40
2005 9 Enbrel etanercept 自己免疫 Amgen/Pfizer 35
2005 10 Prevacid lansoprazole PPI Takeda 35
2010 1 Lipitor atorvastatin 脂質異常症 Pfizer 110
2010 2 Plavix clopidogrel 抗血小板 BMS/Sanofi 90
2010 3 Seretide fluticasone/salmeterol 喘息 GSK 80
2010 4 Enbrel etanercept 自己免疫 Amgen 70
2010 5 Remicade infliximab 自己免疫 J&J 70
2010 6 Humira adalimumab 自己免疫 AbbVie 65
2010 7 Rituxan rituximab がん Roche 65
2010 8 Avastin bevacizumab がん Roche 60
2010 9 Nexium esomeprazole PPI AstraZeneca 55
2010 10 Herceptin trastuzumab がん Roche 55
2015 1 Humira adalimumab 自己免疫 AbbVie 140
2015 2 Enbrel etanercept 自己免疫 Amgen 90
2015 3 Remicade infliximab 自己免疫 J&J 85
2015 4 Rituxan rituximab がん Roche 80
2015 5 Avastin bevacizumab がん Roche 70
2015 6 Herceptin trastuzumab がん Roche 65
2015 7 Lantus insulin glargine 糖尿病 Sanofi 70
2015 8 Januvia sitagliptin 糖尿病 MSD 60
2015 9 Neulasta pegfilgrastim 支持療法 Amgen 60
2015 10 Crestor rosuvastatin 脂質異常症 AstraZeneca 60
2020 1 Humira adalimumab 自己免疫 AbbVie 200
2020 2 Keytruda pembrolizumab がん免疫 MSD 140
2020 3 Revlimid lenalidomide 血液がん BMS 120
2020 4 Eliquis apixaban 抗凝固 BMS/Pfizer 90
2020 5 Opdivo nivolumab がん免疫 BMS/Ono 70
2020 6 Imbruvica ibrutinib 血液がん AbbVie/J&J 80
2020 7 Stelara ustekinumab 自己免疫 J&J 80
2020 8 Eylea aflibercept 眼科 Regeneron 80
2020 9 Enbrel etanercept 自己免疫 Amgen 70
2020 10 Biktarvy HIV Gilead 70
2023 1 Keytruda pembrolizumab がん免疫 MSD 250
2023 2 Humira adalimumab 自己免疫 AbbVie 210
2023 3 Eliquis apixaban 抗凝固 BMS/Pfizer 180
2023 4 Dupixent dupilumab 自己免疫 Sanofi/Regeneron 130
2023 5 Opdivo nivolumab がん免疫 BMS/Ono 100
2023 6 Stelara ustekinumab 自己免疫 J&J 100
2023 7 Trulicity dulaglutide 糖尿病 Lilly 70
2023 8 Ozempic semaglutide 糖尿病 Novo Nordisk 140
2023 9 Biktarvy HIV Gilead 120
2023 10 Xarelto rivaroxaban 抗凝固 Bayer/J&J 110
2024 1 Ozempic semaglutide 糖尿病 Novo Nordisk 170
2024 2 Keytruda pembrolizumab がん免疫 MSD 260
2024 3 Eliquis apixaban 抗凝固 BMS/Pfizer 190
2024 4 Mounjaro tirzepatide 糖尿病/肥満 Lilly 150+
2024 5 Dupixent dupilumab 自己免疫 Sanofi/Regeneron 140
2024 6 Humira adalimumab 自己免疫 AbbVie 140
2024 7 Opdivo nivolumab がん免疫 BMS/Ono 110
2024 8 Biktarvy HIV Gilead 130
2024 9 Stelara ustekinumab 自己免疫 J&J 100
2024 10 Darzalex daratumumab 血液がん J&J 90
トレンドをまとめれば、
2005まで:小分子(スタチン、PPIなど巨大市場=患者数が多い生活習慣病の薬)。
2010:バイオ医薬(抗体)が主役に移行。がん+自己免疫が伸長。希少疾患、高薬価モデル成立
2015:自己免疫疾患薬が独占(Humira時代)
2020:がん免疫療法登場(キートルーダ、オプジーボ)
2023:がん免疫トップ
2024:GLP-1がトップ(生活習慣病が復権)

もう一つ分かることは(驚いたことは)

3.売上額が大幅に増えたことだ。

トップ医薬品売上高が、30億ドル(ザンタック)から317億ドル(キートルーダ)になったことである。30年で10倍というのは、薬価の設定や医療保険制度を考えなおさないと行けないレベルである。

さて、ご存じの通り、一つ大型新薬が出ると全社売り上げの半分近くを占めるほどになる。その結果、特許が切れれば会社の売り上げは激減する。チャンスはピンチである。
ファイザーなどは売り上げを維持するために主力品の特許が切れる前に有望品を持つ会社を買収した。すなわち製薬会社のランキングというのは構造的に他の業界よりも変化が激しい。

優秀なChappyに各年度のベスト10社を出してもらった。

1995 1 Merck 150 小分子中心(循環器)
1995 2 Glaxo Wellcome 140 呼吸器・感染症
1995 3 Pfizer 120 まだ中堅
1995 4 BMS 110 循環器・ACE阻害薬
1995 5 Eli Lilly 100 精神・糖尿病
1995 6 Astra 90 がんはまだ限定的
1995 7 Roche 85 PPI
1995 8 Novartis(前身) 80 多領域
1995 9 Sanofi(前身) 75 抗ヒスタミン
1995 10 J&J 70 PPI・消化器

2000 1 Pfizer 290 Lipitorで急成長
2000 2 GSK 260 合併後最大手
2000 3 Merck 220 依然強い
2000 4 AstraZeneca 160 PPI
2000 5 J&J 150 循環器
2000 6 Novartis 150 多領域
2000 7 BMS 140 がん伸長
2000 8 Roche 130
2000 9 Eli Lilly 120
2000 10 Sanofi 110

2005 1 Pfizer 450
2005 2 J&J 390
2005 3 GSK 370
2005 4 Novartis 320
2005 5 Sanofi 300
2005 6 Roche 280
2005 7 Merck 260
2005 8 AstraZeneca 250
2005 9 BMS 220
2005 10 Eli Lilly 200

2010 1 Pfizer 670
2010 2 Novartis 500
2010 3 Roche 470
2010 4 Merck 460
2010 5 Sanofi 430
2010 6 J&J 420
2010 7 GSK 400
2010 8 AstraZeneca 330
2010 9 Abbott 300
2010 10 Eli Lilly 230

きりがないので以降は略す。

グラフも作ってもらったので、その代わりに載せる。
各社ともところどころ急に上昇、下降している。

拙訳書「新薬誕生:百万分の1に挑む科学者たち」にも書いたが、1998年、99年は欧米製薬会社の合併が盛んに起きた。2000年の複数のメガファーマの立ち上がりはその影響である。
目立つのは青のファイザー。合併を繰り返し、2009年Wyethを680億ドルで買収、2010年の売上にフル寄与した。2021、22年はコロナワクチンの特需である。

橙のメルクは1990年代まで世界一だったが、合併しなかったため2008年には7位に落ちた。しかし2009年にシェリング・プラウを吸収合併し、2010年にぴょんとはねている。

もちろん順位を決めるのは合併だけではなく、本質的には新薬の売り上げである。
2015年にはねるAbbvie(茶色)はリウマチ薬Humira・adalimumabである。(前身のAbbottはグラフにない)
2020年に初登場のNovoNordisk(ピンク)は、オゼンピック、ウゴービの成分semaglutideである。糖尿病と同一成分で肥満という巨大な市場にかみついた。
30年前、Novoなど日本企業とそれほど差はなかった。どうしてこれほど差がついたか?

心配するのは日本の製薬会社にかつての存在感がないことだ。
世界でも弱いし、国内でも薄い。我々が就職するころは多くの大学から多数の学生が就職した。研究所は合成陣が新規化合物を合成し、生物部門で薬理活性などを活発に調べた。
しかし、国内でも合併が起こると、リストラのため採用が減り、有名大学の大学院生しか採用されなくなった。
さらに年が進むと自社で新薬を1から作るのでなく、海外のベンチャーから種を買うとか、導入して共同開発・販売することになり、武田、田辺三菱などは研究所が実質消滅した。

この結果、大学の生命科学分野の学生たちの就職先が激減した。企業と大学の結びつきが弱くなり、資金提供もなくなり、日本のライフサイエンスの活力が落ちた。バイオベンチャーも育っていない。

そして今回、いろんなことを調べているうちに、欧米メガファーマが中国の新興製薬会社から多くのシーズを導入していることも知った。

以上、AI(chappy、gemini)のすごさ、製薬業界の変化の大きさ、日本の衰退を書いた。


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2026年4月12日日曜日

ジャガイモ植え付け、ネクタリン芽吹き


2026-03-09
2番畝にジャガイモを植えた。
切って1日半、室内で傷口を乾かしたあと。
後で盛り土しやすいように窪みをつくって芋を埋めた。
2026-03-11
前日の雨に次いで晴れた朝は霜が降りた。

数が足りないので近所のファミマで小芋を買ってきた。
我が家の近所は八百屋が少ないのでコンビニも野菜を売っている。
ジャガイモ、玉ねぎが規格外になるほど小型のものが売っていた。

小芋の表面が緑になってきて安売りされていた。
数日前は158円?だったのが98円。
ジャガイモの芽や緑になった皮にはソラニンという有毒成分が含まれていることがよく知られている。
こちらは種イモにするわけだから問題ない。
2026-03-16
しかし、切ってみて中まで緑だったのに驚いた。
ふつう皮が緑の部分は厚くむくとか芽を取り除けばよいが、中まで緑というのは割引品としても成立しない。

ソラニンはステロイドアルカロイドの配糖体だからたんぱく質のように熱で変性するわけではない。
コリンエステラーゼ阻害というから地下鉄サリンと同じターゲットに襲いかかる。
サリンは経皮吸収するから恐ろしさの点では比較にならない。
ソラニンの中毒量は成人で20~200㎎。もちろんこれは致死量ではない。
摂食2~24時間後に嘔吐、下痢。
しかしジャガイモ1個にどのくらいあるのか不明。もちろん数字はあるが、芽の数や皮の緑の度合いで変わるだろう。

ちょうどニュースでやっていた。
3月15日に奈良県の一家3人がポトフを食べて吐き気を訴えた。回復したが国内では2年ぶりのジャガイモ中毒だという。(3月20日のニュース)

さらに数日後、また別の小粒ジャガイモが見切り品で売っていた。
買ってきて7番畝に埋めた。

春は進む。
2026-03-25
柿の黄緑とレッドロビン新芽の赤
一番美しい季節である。
2026-03-25
プラムはだいぶ葉っぱが出てきた。
まだ植えて1年半(接ぎ木2年物)だから花は咲かないようだ。
2026-03-25
こちらはネクタリン。
プラムと違ってなかなか芽が出なかった。4か月前の昨年暮れに移動したとき雑に移植したから枯れてしまったかと心配していた。しかし枝に緑色が少し混じるようになってきて、これは冬にはなかった色だから生きてはいそうだった。そしてこの日見たら芽が膨らんでいた。

1年前の写真がある。
2025₋03₋30
プラム(左)とネクタリン
ネクタリンは1年前は木が小さかったが花がいっぱいついた。
しかし今年は木が1年分大きくなったのに花は一つだけ。

2026-04-06
なおも春は進む。
2026-04-06
自家採種ロマネスコ
もうロマネスコとは全く別である。少し前のブログに書いたが、F1の種だから親と違うのは分かるのだが、全部の株が同じ姿というのが分からない。F1の子供F2はさまざまになるのではないか?
2026-04-06
この朝の収穫
左からノラボウ菜、春菊、ロマネスコF2

2026-04-06
昨年まで山芋のあったところ。
目隠し用にレッドロビンも植えていたが、通路として狭くなるので抜いて、フキを移植した。
2026-04-08
ジャガイモ、植えて1か月の姿

2026-04-08
朝日に光るネクタリン。
無事葉っぱが出てきて花も一輪ついた。

4月7日 大和芋植え付け
4月9日 スイカ、メロン、キウリ、トウモロコシ、落花生の種まき(ポット、保温ビニールかけ)。


2026年4月9日木曜日

サツマイモの蔓を越冬保存して苗にする

千駄木菜園では毎年、収穫したサツマイモの一部を紙にくるんで保温して室内越冬し、春それらを土に埋めて発芽させて苗を作って来た。

しかし近年、サツマイモの蔓を越冬させて、それを苗として使う方法がネットで出始めた。
蔓のかなりの部分が腐敗、枯死しても、生きている部位があればそこから発芽し、その場合は春に芋から苗を作るより早い。
今年はそれを試みる。
2025‐11‐03
昨年の秋の良き日、子どもたちを呼んでサツマイモを掘った。
彼らが部屋に入った後、ひとり大量に出た蔓の一部を保存した。葉をとって向きをそろえ、根元方向の端をそろえて縛る。
4束作った。
2025‐11‐04
そのうち2束は地中に埋めた。蔓の上部半分は地上に出ている。
日中が15度を下回るようになったらビニールで覆う予定。
2025‐11‐09
いっぽう2束は室内で保管する。支柱を入れて真っすぐにした。
2階の空いている部屋は無人だから夜は寒いが日中は暖かい。夜の低温がそのまま続けば死んでしまう場合でも、毎日、昼の温度で回復すれば、春まで持つかもしれない。

1か月半経った。
2025₋12₋25
部屋に置いて45日。何本かは緑の葉っぱを出し、何本かは枯れてカビが生えている。
その差が、長い蔓を適当に切ったときの部位の差(根元に近いか先端に近いか)なのか、偶然なのかどうかは分からない。
2025₋12₋25
いっぽう、庭の土に埋め保温ビニールをかぶせたのほうは葉を出している蔓は一本もなく、ほとんどは枯れている。

さらに1か月たった。
2026-01-24
室内の何本かはまだ生きている。
しかし新しい芽が出るわけでもなく、むしろ減った。
二階に行かないため普段は存在を忘れてしまうが、たまに気づいたときに大量に水を注いでいたので、根元を包んだ不織布が完全に乾いたことはなかったと思う。
2026-01-24
いっぽう庭に埋めて枯れたものを掘り出した。
地中部分は完全に死んではいないが、室内の茎があるので、こちらはここで廃棄した。

年を取るとあっという間に1週間、1か月が過ぎ、冬はいつの間にか消えた。
今年は3月に入ると平年より暖かかった。
日中最高気温は1日から19,13、11,16,17,14、17,12,14,8である。野田に行った3月10日こそ寒かったが、こういう日は例外で、室内の蔓を外に植えることにした。
2026-03-21
30本と20本。
2026-03-21
50本のうち少しでも生きているのは4本。そのうち緑の葉っぱが出ているもの(残っているもの)3本を庭に植え、保温ビニールをかけた。

土に植えて18日たった。
2026-04-08
越冬蔓と越冬芋

葉っぱは増えていないが、生きてはいる。
そのうち伸びていくだろう。
もともとサツマイモの蔓はそのままホームセンターで売っているくらい丈夫なものだが、冬を越すほど強いとは思わなかった。

また、保存していた芋を3月30日に埋めたが、そちらも変化なし。
ネズミがいるのでこのあと隠すように黒マルチをかけた。

芋からの蔓は例年だと6月以降になるが、この越冬蔓のほうは2か月くらい早く定植できるかもしれない。これは使える。
来年は(越冬個体として大きくするため)もう少し長いものを丸めて保存しようと思う。