2026年6月30日火曜日

サツマ芋植え付けとジャガイモ収穫

2026-06-19
2番畝のジャガイモを一部収穫したことはすでに書いた。
第一次、6月13日、4.31㎏

その後、第二次、6月17日、1.44㎏

まだ葉が青かったりして全部掘らなかったのだが、このあと2番畝にはエダマメ、7,8番畝にはサツマイモを植えねばならないため、そろそろ全部掘らねばならない。
2026-06-19
日陰で発根させているサツマイモの苗。

サツマ芋は根のある株ではなく茎を植えるから、発根するまでに晴れが続くと乾燥死することがある。2020年以来7回目だが、当初は植えた直後に直射日光が当たらないようにしていたが、最近はいきなり植えるず、2,3日水につけて白い根を出させてから植える。そのほうがだんぜん活着しやすい。

植え付けるべきサツマイモの苗は自家製。
昨年室内で越冬させた芋づると種芋を土に植えて、そこから伸びたつるを使う。
この時期になると種芋用に保存した芋以外の、食用芋もどんどん発芽してくる。
芽を見ると捨てるのも勿体ないからすべて土に植えて育苗した。
2026-06-19
食用さつま芋から出た芽
しかし苗が増えすぎて、千駄木菜園には場所がなく、これらは廃棄した。

2026-06-19
6番畝のサツマイモ
土饅頭を作り、一山に10本ずつ植えた。

2026-06-20
左、6番畝、右、5番畝
5番畝も少し残っていた玉ねぎを片付けたので、植え付け開始。
2026-06-21
左5番、右6番
手前のキャベツは、昨年11月に一つだけ発芽したもの。
本来、6番は20株近くキャベツを取る予定だったが、昨年晩秋、例年使っているダイソーの種が発芽しなかった。そのため6番は不本意ながらF2のロマネスコ(F1から採種したためか食用にならず)とノラボウ菜であった。
2026-06-22
この日の収穫。
この時期のキウリはまっすぐ。
キャベツの穴はヨトウムシの古傷。一玉だけだったから消毒はせず、たまに夜、見回って2,3匹捕殺した。
2026-06-23
7番8番のジャガイモ掘り。
ここらはファミリーマートで古くなって安売りしていたジャガイモを植えてあった。緑になっていたり発芽したりしていたもの。
2026-06-23
7番8番は柿の木の下で日当たりが悪かったが、5.63㎏とれた。
翌6月24日には残っていた2番畝も掘った。2.37㎏。

4回分を合わせると13.75㎏
ジャガイモは年に二回取れるからスペースパフォーマンス(土地効率)が良い。
今までの成績をまとめると

2026春 13.75 (2番,78番畝)

2025秋 5.62 (1番畝) 
2025春 6.77 (6番畝のみ) (2番畝モザイク病)

2024秋 0.89 (4番畝 
2024春 5.4 (4番畝 

2023春 2.8(2番畝 モザイク病)

病気がなければ、半期、1畝につき6~8キログラムは取れそうだ。
ジャガイモは2畝で年間30キロを目標とする。
2026-06-30
5番6番(向こう)に続き、ジャガイモを片付けた78番畝にもサツマイモを植えた。(手前)
結局、
5番 22本
6番 35本(うち饅頭に20本)
78番 21本
合計78本植えた。千駄木菜園の畝部8分の3を使っている。
植えてすぐ雨だったので元気である。
秋が楽しみ。

2026-06-30
3番畝、メロン、スイカ

梅雨に襲ったダブル台風による長雨の影響か、メロンの木が腐っていた。もともと雨に弱く、農家はビニール栽培で作る。しかし昨年は露地でも何とか枯れずに済んだので今年もそうしたのだが、実が生る前に甘かった。
同様に雨に弱いスイカのほうは何とか持っている。

今日は6月末日。半年過ぎた。
さっき、紙兎ロペで1年365日のちょうど半分は7月2日の正午だと言っていた。


2026年6月25日木曜日

月宮院での法事。北信五岳、鵤工舎、中野の曹洞宗

5月16日、母の3回忌、父の17回忌で信州中野に行った。
いつもは自宅に菩提寺の坊さんが来て行うのだが、今回はお寺でやった。
菩提寺は曹洞宗月宮院。
むかしは岩船の家から田んぼの向こう、山を背にした更科の部落の上のほうに見えたのだが、今は岩船、西条に家が立て込み、多分見えないだろう。

妹夫婦、弟夫婦と3夫婦6人だけでの法事、11時からだが早く着いた。
10:43
お寺の駐車場から見る北信五岳
昔はなかったビニールハウスが景観を損ねている。

母は1月、父は2月と寒い時期に亡くなったのだが、弟は命日など関係なく、一番季節の良いときにやってくれるから助かる。
もう少し前なら桃の花がきれいだっただろう。

北信五岳は北から「まみくとい」
それぞれの山名と標高は
斑尾 1382
妙高 2446
黒姫 2053
戸隠 1904
飯縄 1917

これだけ標高が違うのだが、距離の関係で良い場所だとほぼ同じ高さでしかも等間隔で見える。
かつて存在した東京南千住の「お化け煙突」のように、見る場所によって高さ、間隔が変わってくる。北信といっても長野市、飯山市では全く見えず、須坂では飯縄が大きすぎる。中野の西部、北部では手前の山が大きくて五岳が見えない。北信五岳というのは中野、小布施の、さらにごく一部だけで成立する言葉である。
12:23
帰るときに見た北信五岳
月宮院からの五岳の形は良いほうだと思っていたが、今回改めてみると、黒姫、戸隠、飯縄の間隔が近く、100点ではない。

妙高の左に小さく雪をかぶった山がある。地図を見れば北アルプスの白馬岳などではなく、その手前、金山(2245)、新潟焼山(2400)のようである。

戸隠も雪が残る。
子供のころ、五岳の標高を知った時から戸隠が黒姫、飯縄より低いのに遅くまで雪があるのが不思議だった。理由を探せば、他より西のほうにあり北西からくる季節風で積雪量が多いということくらいか。
西にある金山、新潟焼山が、同じ高さの妙高より雪が多いということも、この推測の確からしさを裏付けている。

本堂に向かう。
10:43
山門への参道
両側に常夜灯、入ると右に六地蔵。
10:43
常夜灯
裏に父や近所の「ひろちゃん」町田弘治の名前が彫ってあった。
「小林東助」は中学の時の担任の先生ではなかろうか。生きていらっしゃるだろうか。
この常夜灯はそれほど古くないから存命かもしれない。
10:44
山門の前で庭木の剪定をしている若者が二人いた。
一人に声をかけると長野市から来ている、とても感じのいい青年だった。
もう一人はあまり敏捷ではなく、切った枝を袋に入れるべく小さくしているのだが、年寄りのように地面に座り込んでいて、のんびり作業していた。
10:44
山門。
観光寺院でもなく檀家も少なく、これを維持するのは大変だ。
10:44
山門の中には農機具などがしまってあった。
と思ったら、除雪機だった。
冬、和尚さんが使うのだろうか。
10:45
本堂・金谷山
菩提寺の山号を初めて知った。
しかし寺号がなく、いきなり月宮院である。

「院」というと大寺院の子院・塔頭が多い。
上野寛永寺はかつて子院三十六坊を誇ったが、いまは護国院、養寿院など19の子院が周りに残っている。
ふつう、
寺:正式寺院、
院:寺内施設・子院・僧坊、
坊:僧侶の住居などをいう。
つまり「院」は本来、独立寺院ではなかった。
浄土宗の総本山、京都の知恩院は法然が比叡山を下りて、現在地に庵を立てて住んだのが始まり。天台宗など旧仏教側からは攻撃されたが、死後、弟子が再興し、四条天皇から華頂山知恩教院大谷寺の「寺号」を下賜されたが、院が寺の前にあり、知恩院の名が今に残った。
また青蓮院、三千院、妙法院は天台宗延暦寺の門跡寺院として皇室の子弟が入ったもので独立した寺ではない。

江戸時代以降、地方では地蔵堂、念仏道場、隠居寺などから発展した小さな寺では、正式寺号をもたず院だけ称する例が増えたというが、月宮院は近隣の寺と比べ、むしろ立派なほうである。
10:45
本堂の右(南)は和尚さんの住まい部分

私的なほうの玄関はこの裏(南)にある。
この広い寺に一人で住んでいらっしゃる。
たぶん私より二つ年少ではなかろうか。
独身であるため最近岡山のほうから後継者?がいらしたらしく一昨年の母の葬儀の時はその人もいたが、弟によると、このところ姿が見えないという。
地方の寺は檀家が減って大変とはよく聞くが、住職の跡継ぎもいない。
10:46
本堂の正面は開いていないので、住居部分との間の廊下から上がる。

10:47
本堂に上がるのは二度目か。
法事はいつも自宅だったから、ここに来たのは和尚さんを送ってきたときだろう。
いつもは隣の自宅のほうに送るのだが、ある時、ここに入った。

祖父母の法事のころから弟が運転して私が話し相手兼荷物持ちという丁寧な送迎だった。

私がまだ30歳そこそこ、和尚さんは私より若いが話好きで読書もかなりしているようだったから、私も当時読んだ面白い本の話などした。ロボット工学者・森正弘の「仏教入門」、「非まじめのすすめ」などを車中で紹介した覚えがある。
10:47
和尚さんは法事の準備をしていた。
正装前の姿は寝間着のように見える。
「月宮院」の扁額はここにかかっていた。

信州中野は曹洞宗が多い。
日本全体で寺院は約7万7,000箇所(コンビニの総数は約5万5,000店)。
最も多いのは浄土真宗の21,000。いっぽう曹洞宗は14,600あり、単一宗派としては最大だが、それでも19%である。
しかし、中野市では宗教法人として登記されている48か寺のうち、22寺(46%)が曹洞宗で圧倒的に多い。(リストはgemini)
曹洞宗が中野に多い理由は分からない。
単一宗派で1万以上もあれば、その指示系統というか組織の構造を知りたいが、知らない。
赤岩の谷巌寺がこのあたりの触れ頭のようだ。

ちなみに、北隣の飯山市は40寺あり、やはり19寺の曹洞宗が最大である。しかし浄土真宗が13寺もあるのが中野と違う。そういえば、「故郷」「朧月夜」の高野辰之が下宿し、また島崎藤村の「破戒」で主人公も下宿した「蓮華寺」のモデルは、その名もずばり真宗寺である。

・・・
さて、本堂の中を見回せばよく掃除が行き届いている。
10:48
本堂正面の入り口はいつ開くのだろう。

向こうに「一般東司」と書いた紙が貼ってある。東司(とうす)とは雪隠とともに寺院におけるトイレのことである。しかし参拝客用にという意味だろうか、「一般」という語が添えられているが、この二語のバランスは「微妙」である。
せっかく紙が貼ってあっても皆わからないのだろう、結局、となりに「トイレ」と書かれた紙が貼ってあった。

法事の場所は中央の本尊の前ではなく、左脇の位牌がいっぱい並んでいるところ。
家から持ってきた両親の位牌と、農協に頼んだ花と料理を飾る。
和尚さんが卒塔婆を持ってきた。
戒名は静岳美生居士と玅覚澄性大姉

この和尚さんは亡くなると家族にどんな人だったか十分取材して、その意味を込めた戒名を作ってくれる。4文字のうち、1文字は俗名からとり、2文字は生前の人柄を表す。私をはじめ葬儀の時に初めて見た人でも皆納得する戒名であった。

読経が始まった。
いつものように冊子が渡され、6人が和尚さんと一緒に読み上げる。
しかし毎回思うのだが意味が全く分からず、早く終わらないかな~と、ぼーっとしたりたまに参加して声を出したり。

宗派によって読むお経は違うのかどうか。そんなことすら知らず、毎回退屈だけを感じながらこの年齢になってしまった。

私だったら経典の全体像(体系)と本日読むお経の立つ位置、すなわちなぜそれを読むか話し、皆で読む文言の意味も大事なところは講義したい。もちろんその都度、解説する場所は変える。そのほうが参加者も心を込めて読経すると思うのである。
この和尚さんの性格だとそのようなことを喜んですると思うのだが、どっぷり昔からの習慣に浸かってしまうと、そういう素人の発想にならないのかもしれない。

やっと終わった。
和尚さんがお茶の準備に退出されたので少し写真を撮った。
11:38
法事の場所
古い「征露忠死者霊位」と最近の「再建帰依十方施主」といった大きな位牌のほかに一般人の位牌のようなものもある。
11:38
本堂の正面の須弥壇
本尊よりも人形のような僧形の座像が目立つ。
二体は昔の住職だろうか。中野は土雛で有名で、檀家の誰かが作って奉納したのだろうか。

それにしても本堂の掃除だけでも大変である。それが庫裏から境内まで掃除、手入れはとても一人ではできないだろう。もしやられているとすれば、彼の時間はほとんど掃除になってしまう。
11:40
妻が便所に行った。
案内の目印を見れば4枚もあり、「お手洗ひ所」、「一般東司」、「トイレ」の順に貼っていったのだろう。

上を見れば太鼓と鐘がある。
ここで叩けば外に聞こえず中はうるさいし、物置ならばほかに場所はいくらでもあるだろうし、下支えの柱もない高いところに置く理由が分からず。
11:40

和尚さんは独身だから家事まですべて一人でやられる。トイレがきれいだったかどうかは聞かなかった。

我々6人へのお茶も、熱いお湯を7つの湯呑にくぐらせてから急須にいれ、丁寧にお茶を入れてくださった。

以前、お茶をごちそうになったときは母屋(庫裏)の、山のほうを向いた座敷で、斜面を借景にした良いお部屋だった。そのことを言うと「いや~、もう草だらけで荒れてていて」と、私がほめたことで却って庭を見せてもらえなくなってしまった。

話題は20年ほど前に本堂の大規模修繕をした鵤(いかるが)工舎の職人さん、松を手入れする植木屋さんのことから教育のこと、ご自分のことも含め農村の後継者問題など。
読書をされ、市内のあちこちに出かけられるから話題は豊富で、発言量は彼が70%、弟が25%、私が5%ほど口をはさむ。後の4人は完全に聞き役。

昼時なのであまり長居はできず、30分ほどで切り上げた。
12:18
お茶をいただいた部屋
12:18
お茶の部屋から本堂前の庭と、例の、変わった仕立ての松が見える。
靴を履いて外に出た。

卒塔婆、位牌、花、料理を持ったのだが、料理(豪華な弁当のようなもの?)はどうするのか?
和尚さんに食べてもらえば良いと思うが、弟は仏前からの下がりものを上げるのは失礼と思ったのだろう、「料理は皆さんどうするんでしょう?」と聞いた。多分美味しいだろうが、和尚さんのほうも下さいとはいえず、「いや、持ち帰る方もいらっしゃいますし、いろいろです」としか言えない。二人で遠慮しあって、結局「できれば食べていただきたいのですが」と弟は渡した。
12:22
本堂を修復した鵤工舎(いかるがこうしゃ)はよくテレビなどに出た。
奈良の斑鳩にあると思っていたら本社は栃木県らしい。

鵤工舎は、小川三夫(1947‐)が奈良県生駒郡斑鳩町ではじめた寺社建築専門の建設会社である。小川は奈良斑鳩の西岡常一(1908年- 1995)のもとで修業した。西岡は代々、法隆寺専属の宮大工棟梁の家に生まれ「最後の宮大工」といわれたが、弟子をとらないことで有名だった。しかし高校の修学旅行で法隆寺五重塔に感動した小川は熱心に頼み込み、唯一の内弟子となった。
1977年、29歳になった彼は技術の継承の必要性を感じ、徒弟制を基礎とする寺社専門の建設会社「鵤工舎」を設立。1990年には株式会社として、本社を小川の故郷、栃木県塩谷郡塩谷町とした。
いま会社のHPをみれば、奈良斑鳩の他に九州にも作業所があるらしい。
平成30年以降の施工例も載っていて、その中に
 月宮院  設計・施工 庫裏改修工事
 長野県 平成31年4月ー令和3年12月
とあった。工期は2年8か月。割と長い。

これとは別に本堂の工事は父が生きていたころだから20年ほど前だ。その時もずいぶん長い期間、和尚さんは工事を見ていたのだろう。
それ以来、法事のたびに、読経の後のお茶の時間、和尚さんは、職人さんたちの、仕事ぶり、掃除から道具の手入れまで、「感心したこと」などを話してくださっていた。
12:22
真新しい庫裏の反対側(表)へ向かう道

12:22
昔から自宅での法事の後、和尚さんを送ってくるときはこちらの庫裏のほうに来た。
そのころとすっかり雰囲気が変わってしまった。

鵤工舎はたぶん仕事は丁寧、立派でも、ふつうの工務店よりは高いだろう。
農家ばかりの檀家も年々減ってきて、経済的に楽ではない月宮院にいたら、私なら、檀家がくる本堂は少し力を入れても庫裏のほうは、少し安普請にしてしまうかもしれない。
12:24
法事の後の会食は福田屋ですき焼き。
12:30から予約してあるというから急がねばならない。
12:25
ところが妹の旦那が、和尚さんにつかまり、本堂の屋根の説明を受けていた。
話が長そうで、弟が「すみませんが」と中断させた。
ようやく乗り込んだ2台の車は寺を離れる。
12:28
北信五岳をみながら更科の部落の坂を下りていく。
都会に出て行った若者は、親が死んだら戻ってこないから檀家はどんどん減っていくだろう。立派なお寺になったものの、和尚さんの後はどうなるのだろう。
 

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2026年6月15日月曜日

玉ねぎ・ジャガイモの収穫、テントウムシダマシとAI

6月7日、関東が入梅した。平年並み(同日)だが、昨年より遅いという。
昨年は5月22日と早かったらしいが、すっかり忘れている。豪雨とか水不足なら記憶に残っても毎年必ず来る入梅が早いか遅いかなどはあまり生活に関係ないから頭に残らない。
2026-05-15
5番畝
入梅前に玉ねぎを収穫した。
茎は十分倒れ、時期は良い。
2026-05-15
しかし、まともに育ったものはわずか、多くは小さい。
今年は失敗といえる。
重さをはかる気も起きなかった。
2026-05-26
3番畝の西部分
実生スイカ(手前)と落花生(向こうの2株)
最近苗は買わず、前年に自家採種したものをまいている。

2026-05-26
3番畝の東部分はメロン(イバラキング)
2年前の2024年6月に食べたやつの種を保存していて、今年もまいた。
2026-05-26
5番畝はキウリとスイカ
玉ねぎの場所はサツマイモの予定。今ほかの場所で苗を作っている。

2026-05-26
8番畝
キウリ
ここはエンドウと春菊が植わっていた。
2026-05-31
4番畝(里芋)と3番畝(メロン、スイカ)

2026-06-04
7番畝はジャガイモ(二次)
柿の木の下はフキ。
2026-06-12
ふきの収穫
フキは、下茹でして皮をむかねばならない。面倒だから今まで我が家ではシーズンに一、二度食べるだけで放置していたが、今年は欲しいという人がいて、4人に差し上げた。
一人は葉っぱも食べるという。
葉っぱなど食べられるのか、と思ったが試しに私も料理してみた。一度下茹でしてアクを抜こうとしたが、ただのお湯で煮ただけでは強烈な苦みは取れなかった。ここに味付けしても食べられそうもない。これ以上、手をかけるのはガス代、調味料が勿体ないのですべて廃棄した。

さて、今年はジャガイモを真面目に作った。
(自家用の食用芋から出た芽を埋めるとかでなく、ちゃんと種芋を植えた)
2026-05-26
2番畝(左)はジャガイモ
1番畝はトウモロコシ。

ジャガイモの葉っぱがだいぶ食われている。
2026-05-26
裏に虫がいた。
ここでAI (gemini)の実力を試してみた。
この写真をアップして「これが何かわかるか?」と聞いてみた。

驚くことに、「羽状複葉だから」ジャガイモの葉っぱということを的中させ、さらに
「葉が網の目のようにかすり状に食害されています。これはナス科の野菜を好む「ニジュウヤホシテントウ(テントウムシダマシ)」という害虫の仕業によく見られる特徴です。」
「写真の中央付近(葉の裏側や茎に近い部分)をよく見ると、トゲトゲした小さな幼虫のようなものや、成虫らしき影が確認できます。」
と一発で答えてきた。おそるべき画像認識力、非常に優秀な人工知能である。

しかし、答えはあっているが回答でおかしなところがある。
写真に成虫はおらず、また幼虫がいるという「茎に近い部分」は映っていない。さらにこの画像からは、羽状複葉かどうかは分からない。すなわち、AIによくみられる「もっともらしいうそ」すなわち捏造、ハルシネーションHallucinationである。

その後、ジャガイモの葉っぱは成熟したせいか、あるいはテントウムシダマシの幼虫にやられたせいか、梅雨に入ってから枯れてきて、もう光合成で芋が大きくなることはないと思われた。
そして6月13日、梅雨の合間の晴れとは言えないが曇りの日に収穫した。
2026-06-13
葉っぱが枯れた2番畝の5分の3を掘った。
残りの5分の2と、7番畝は遅く芋を埋めたため、まだ葉っぱが緑なので、もう少しおいておく。
2026-06-13
畝全体の5分の2くらいを収穫
(この2番畝だけでなく7番にも植えてある。)
重さを量ったら4.31 ㎏
まあまあな気もするが、豊作か不作かは残りを掘ってから判断する。
20260-06-13
何者かに食われている芋がいくつかあった。
中まで深く食べ、皮は残っている。
コガネムシの幼虫かと思ったが、堀っている間、そいつは地中にいなかった。
AIに聞いていた。

ジェミニからは以下のような答えが返ってきた。
1. オオニジュウヤホシテントウの成虫
先ほど葉っぱを食べていたニジュウヤホシテントウの仲間ですが、成虫になると土の中のジャガイモ自体もかじります。
特徴: 表面の皮を不規則に、やや浅く、削り取るように食べます。写真のように、皮が薄く残ってめくれているようなかじり跡は、よく見られる特徴です。

2. コガネムシ類の幼虫
特徴:  写真のように、中までくり抜かれたような深い穴が開いている場合、コガネムシの幼虫がじっくりそこにとどまって食べた可能性があります。

3. ネズミなどの小動物
もし、かじられた跡に「小さなギザギザした歯型」が見える場合は、野ネズミやモグラの仕業です。

写真の皮のめくり具合を読み込んだのはさすがだが、それならネズミという答えは出てこない。
また、成虫が土に潜り込むことはあるか?と聞くと、あっさり
「仰る通りです。大変失礼いたしました。完全に私の認識違いで、誤った情報をお伝えしてしまいました。」とAIらしく謝ってきた。ここら辺は人間より素直である。

そこで私が
「コガネムシの幼虫はいなかった。またネズミなら皮を残すようなことはせず、もっと大きく食べてしまうのではないか?」
と聞くと、これもあっさり撤回し、そして
1. オケラ(螻蛄)
2.ネキリムシ(カブラヤガなどのガの幼虫)の成長したもの
を言ってきた。
「そういうものは地中にいなかった」との指摘に、
「コガネムシの幼虫と違い、ケラやネキリムシは非常に動きが早く、逃げ足が速いです。」と返してくる。
「ネキリムシは動きが早いとは言えない」と言えば、
「重ね重ね、本当にその通りです。度重なる私の不勉強な回答により、不快な思いや混乱をさせてしまい、心からお詫び申し上げます。」といつものパターン。

つぎにchatGPTに同じ質問をぶつけてみた。
「写真だけで断定はできませんが、犯人として最も疑わしいのはネズミ類(ハタネズミ、ドブネズミなど)です。」
「私(AI)が写真を見て少し気になるのは、食害というより「腐敗した組織が崩れた」ようにも見える点です。」
これらの回答はGeminiより悪い。

ジャガイモの収穫が終わった後、白ナスの葉にニジュウヤホシテントウムシがいたので写真を撮っていた。
これを使って再びAIの実力を試してみた。
2026-06-13
虫はニジュウヤホシテントウムシと見事に回答。
葉っぱは「ナス」と答えた。根拠に「葉の表面や脈(葉脈)にうっすらと紫色の色味が差している」「中央に小さく鋭いトゲがピッと生えている」という。
写真にそんなものは見えない。
と指摘すると、
「私の完全な思い込みによる誤診です。「ニジュウヤホシテントウがいるからナス科だろう」「ナス科ならナスだろう」「ナスなら葉脈が紫色っぽいはずだ」という先入観に引っ張られ、写真の実態とは違う特徴を勝手に捏造してしまいました。度重なる適当な解説をしてしまい、本当に申し訳ありません。」と謝ってきた。

chatGPTでは、
「ニジュウヤホシテントウやその近縁種が疑われます。ただし画像の解像度では断定まではできません。葉は葉脈や形から見ると、ナス科植物(なす、ジャガイモ、イヌホウズキなど)の葉に見えます。」
「もしこの葉がジャガイモやナスなら、ニジュウヤホシテントウである可能性がさらに高まります。なぜならこの種はナス科植物を食害することで有名だからです。」
と言ってきた。

AIの進歩はこの1年だけでも著しいが、まだ、その回答の真偽は疑ってかからねばならない。
まさに脅威、いや驚異である。

いちばん困るのは、世間の皆が、単純な疑問でも私のいうことよりこちらを信用することである。AIは非常に便利だが、よく間違える。以前から皆(家族や学生など)は、私より教科書や新聞、テレビを信じてきた。もちろん大部分は正しい。しかしそれらは常に正しいとは限らない。
疑い深い私は常にこのことを肝に銘じているが、多くの人はそうではない。彼らは驚くほど素直で、根拠を考えることなしに(私と議論せずに)、単純に私より「権威」のほうを信じる。例えば東大を出たような人間でも私を信用しないから、学力はあっても盲目的に何かを信じる人は多い。
2026-06-13
二十八星天道はテントウムシ科に属する葉食性の昆虫。

28星をニジュウヤホシというのは重箱読みである。なぜニジュウハチボシと言わないのかとgeminiに聞くと
「ハチホシと続けて発音しようとすると、「は」と「ほ」と同じ子音(h)のハ行が連続します。」発音しにくいからという回答に、ちょっと呆れてしまった。

また、なぜテントウムシダマシというか?の答えは
「テントウムシ(益虫)に姿形がそっくりなのに、実際は植物を食い荒らす害虫(偽物)」だからです(gemini)と言う。
テントウムシモドキなら良いが、テントウムシダマシでは人間ではなくテントウムシをだましている名前ではないか? 
これはAIには聞かず、自分で自分に突っ込んで終わりとした。