5月2日に国立科学博物館に来たときは時間がなくて日本館しか見られなかった。
そこで1か月後の6月5日に再訪した。
まず入口のある一階を見る。
すなわち、例えば
この噴水広場の今年7月のスケジュールをみれば、毎週やっている。
2026-06-05 12:47
平日だからすいていると思ったが、団体の学校生徒たちが多くて連休中とあまり変わらなかった。
この日は日本館の一部をさっとみて新館のほうに向かった。
12:56
新館入り口
12:58
新館は本館・日本館の対の意味か、地球館と言う。
地上3階、地下3階。
この場所はかつて、「むらさき館」「おれんじ館」「みどり館」と呼ばれる古い展示館(旧新館・旧理工学館など)が建っていた。
これらは、戦後、昭和6年開館の本館が手狭になったために建てたもので、
1953年 、理工学館(旧2,3号館、→たんけん館・むらさき館)起工。
1972年、自然史館(4号館→みどり館)起工。
1979年、 航空宇宙館(旧5号館、→おれんじ館)開館。
これらは戦前に建てられた本館に対して新しい建物であったが、科博全体の狭さから、文化財的価値のある本館を残し、これら「新館」群を建て替えることになった。
1994年 たんけん館閉館。
1999年 むらさき館、おれんじ館閉館。地球館一部(南側)完成、公開。
2003年 みどり館閉館。
と順に閉館、建て替えしながら、2004年、北側も完成、南とつながり今の地球館ができた。
12:58
一階の展示はアロサウルスから入る。
本館は「日本館」だから国産のフタバスズキリュウであったが、地球館はそういう制限はない。ユタ州産。
アメリカでホテルを経営していた小川勇吉がホテルを売却して購入、国立科学博物館に寄贈し1964年日本で初めて公開された恐竜の全身骨格となった。
12:59
マッコウクジラ
特徴的な頭の形から知能が高そうに見えるが、よく知らない。
13:01
クジラの裏に回ると内部が見られるようになっている。
脳の大きさは比較がないからよく分からない。
頭部には油が大量にあるらしい。これは海水を取り入れて冷やすと固まり比重が増える。それでも水より軽いが、クジラ全体としては重りとして役立ち、潜るときに都合良いらしい。
(以上、科博は説明がないから帰宅後に知った)
13:02
ダイオウイカ
手前はオオアナコンダの骨格。
科博は実物を強調したいのだろう、これらもタイトル以外説明文がない。
ダイオウイカは島根県沖産らしいことを帰宅後に知る。
13:04
腸の長さ
左:ライオン、右:牛
牛はどんな牛か不明。
ところで肉食の西洋人と草食の日本人は腸の長さが違うと聞いたことがあるが本当かどうか。
製薬会社にいたころ、病理の友人が腸管でのグルコース吸収を抑える糖尿病薬を研究していた。長期連続投与するとラットの腸がうんと伸びたというから、ヒトの腸管の長さは食生活によって違うというのはありうる。
このあたりは、どういうテーマで並んでいるのか、いろんな珍しいものが陳列されている。
13:05
ミンククジラの胃の中
(たぶん切開して裏返しにしたようだが、そういう説明は必要だと思う)
寄生虫がびっしり。胃酸でやられないのだろうか?
液はどのくらいの頻度で入れ替えるのだろう?
13:05
同じくミンククジラの腸(これも切開)
これだけ寄生虫がびっしりだと、共生が自然なのかもしれない。
13:07
他の階には行かず、一階だけで十分。
再びアロサウルスをみて科博を出た。
あまり多いと見るのも疲れる。
これから何度でも来ればよいと思った。
13:10
外に出ると子供たちがいっぱい。
この日は金曜。
学校の先生は苦労なことである。大人数の引率は大変だろう。むしろ、こういうものは個人で来たほうがちゃんと見る。興味がない人に見せることもないと思う。
13:12
隣の西洋美術館も生徒がいっぱい。
私は彼らの年の頃、こういうものに全く興味がなかった。
噴水広場(竹の台広場)ではフィリピンエキスポ2026をやっていた。
要するに屋台が大量に並ぶイベントである。
帰宅後、かつて地球館の場所にあったオレンジ館など旧新館群の航空写真を見た。
(国土地理院 1979-11-06撮影)
本館の飛行機型は今よりはっきりしていて、地球館の場所には旧2~5号館だろう、いろいろある。
1979年というと私が大学院1年生の秋。
1978年1月から谷中に住み始め、上野が地元になって2年近くたっている。
公園の中心は池だった。
ベンチにカップルが座り噴水を眺め、そのうち水際まで歩いて行って談笑する光景が浮かぶ。相本久美子が写真撮影していたのも見た。
ここは何度も来たが、科学博物館は特に興味がなく、入らなかった。
国土地理院(2019-08-08 撮影)
戦後建てられた展示館はすべて壊され、直方体の地球館ができている。
ここで、それより目立つのは噴水池の縮小とイベントスペースの創設。
グーグル2026
現在(2026-7-18閲覧)のグーグル航空写真で噴水広場を見れば、いつの撮影か知らないが(秋のようだ)、イベントをやっている。
最初、イベントは偶然かと思ったが、必然だった。
この噴水広場の今年7月のスケジュールをみれば、毎週やっている。
・ふるさと東京応援祭 第三回ビールと浴衣de盆踊り 7/3(金)〜7/5(日)
・台湾フェスティバル2026 7/9(木)~7/12(日)
・タイ・サマーフェスティバル 7/17(金)~7/20(月祝)
・3×3 JAPAN TOUR 2026 7/25(土)〜7/26(日)
その前後に準備片付けがあるからほぼ休みなしである。
それ以外の日は灼熱の広いコンクリート地面となる。
公園というのは静かに緑と水に親しむところではないか?
ビールとソーセージ、騒音と匂い。
五輪や万博など事業をやる目的として「経済効果」が一番に出る。
何事も金儲けである。製造業がだめになってから観光立国を目指し、官民一体となってインバウンド客を呼び込もうとした。上野公園は東京観光地図を広げれば、皇居の次に目に入る。山手線駅の前の立地と言い、規模面積と言い、最も魅力的な東京の観光資源だが、押し寄せるインバウンド客を全部受け入れるキャパはなかった。
そこで木を伐り、池をつぶした。
そして毎日のように騒々しいイベントをやっている。
こんな乱暴なことをしていいのだろうか?
金儲けのためなら何をしてもいいのか?
私の好きな上野公園が消えてしまった。
20240916 院展と東京都美術館、谷中の日本美術院
20210625 上野公園10 新鶯亭など茶店の歴史と小川先生
20200611 上野公園7 新しい改札口と環境破壊
20190113 上野公園5 正岡子規球場と大噴水
20190112 上野公園4 王仁博士の碑と日韓問題
20190110 上野公園3 彰義隊と小川一族
20190109 上野公園2 昭和38年の西郷像と広小路
20190108 上野公園1 聚楽台と映画館あと
20190112 上野公園4 王仁博士の碑と日韓問題
20190110 上野公園3 彰義隊と小川一族
20190109 上野公園2 昭和38年の西郷像と広小路
20190108 上野公園1 聚楽台と映画館あと
























































