2022年4月30日土曜日

サツマイモとジャガイモの芽出し

今年もサツマイモは自分で芽出しをする。
種芋の越冬は8度以下になってはいけないというので昨年11月新聞紙にくるんで発泡スチロールの箱に入れリビングに置いていた。
しかし4月に開封すると、いくつかは腐っていた。大きな芋は食用にして、種芋はケチって小さいものばかりだったから、歩留まりが悪い。
2022-04-06 7:12
前回は上下が分からなくなったので、昨年10月末収穫したときは、種芋用の小さい芋は茎をつけておいた。

昨年は水につけてコタツに入れたり、土に埋めて室内に置いたりして実験したが、結局、一番単純な、畑に埋めておいた芋から芽が出た。
しかし、今年も懲りずにシルクスイーツの一部を水につけておく。

2022-04-06 7:03
紅あずまは早く植えたから10月31日には地中で芽が出ている芋があった。
そこで一番大きな芋(写真、660グラム)の芽が出ている上部を切って(45グラム)も畑に埋めた。

芋を埋めたあと、東大に行った。
生協で食事した。新学期が始まり学生で混んでいた。
テーブルの衝立が大きくて向かいの人の声が聞こえず、4人掛けのテーブルで二人だけなら並んで座っている。もう衝立はやめたらどうか?
食べた後、医学部教育研究棟に上がった。
2022‐04‐06 13:26
15階から薬学、病院、グラウンドなどをみた。



2022-04-06 14:54

4月13日、サツマイモは全く変化しないが、一方、台所に放置されていたジャガイモに芽が出ていた。
この発芽時期からサツマイモは南方、ジャガイモは北方の植物というのもうなずける。
2022-04-13
くりぬいた芽の部分は、どうせ捨てるのだから、植えてみよう。
本来この大きさなら種芋として二等分して埋めるのだが、作る気がない(土地がない)ので、芽だけ植える。栄養不足で木は大きくならないだろう。

教科書的には切り口に草木灰をぬって一日日光で殺菌してから植える。
しかし真面目に作る気がないのと、畑に捨てた生ごみ(皮)からよく芽が出てくるので、このままでも出るだろう。

芋が少しついている芽はちゃんと埋めた。
(条間50、株間30。埋め溝10センチに5センチ土かぶす)
1週間ほどで青い芽が地上に出た。

一方、芋のない芽だけのものはポットに植えた。
2022‐04‐29
栄養分(芋の部分)が少しもなくても、簡単に出た。
実験用だったが、桜を切って少し土地に余裕が出たので育ててみようかな。

一方サツマイモは1週間早く埋めたのに出ない。
まだ温度が足りないのだろうか。
2022‐04‐29
室内で水につけておいたものは、萎れているのはカビが生え、生き残った芋は半分になってしまった。
発芽しそうもないので、畑に埋めた。

2022‐04‐29
埋めたシルクスイーツ6個のうち、1つの茎から芽が出ていた。

2022‐04‐29
こちらは秋に発芽していた紅あずま
秋の芽は枯れてしまったが、芋本体から新しい芽が何本も出ていた。

昨年の紅あずま(購入苗)より遅いが、シルクスイーツ(自家用芋を発芽させた)よりは早い。期待できそう。



2022年4月22日金曜日

保護樹木サクラの伐採、お別れ

2022-04-05
最後の花も散り、お別れが近づいてきた。

この巨木を初めて見たのは2011年7月18日。
7月24日に再訪、ぜひこの木を自分のものにしたくて、30日に家族の反対を押し切って家の購入の仮契約をした。
訳アリ物件で手続きに時間がかかり、正式に取得したのが2012年8月30日、
リフォームにも手間がかかり、引っ越したのは2013年4月16日。

以来、同居する子供たちの顔はほとんど見なかったが、この大木は毎日眺めた。

すなわち、家族以上になってしまった桜を切る。
最後は、せめてできるだけ多くの人に見てもらおうと思った。
今まで10年間、花は家族と通行人以外、誰にも見てもらっていない。
妻はパート先の人に満開を見てもらった。
2022-04-16
しかし花見の期間は限られているから日程調整が難しい。
私の友人は葉桜になってきてくれた。
頼んで幹に触ってもらった。

4月19日、いよいよ伐採の日。
早起きした。
7:17
ご苦労さん、ありがとう、と酒をかけた。
菊正宗・純米樽酒、720ミリリットル。
この銘柄に意味はなく、近くのサミットに売っていたもの。

8時半、時間正確に芳樹園さんがいらした。
2013年3月以来ずっと世話してもらっている。
「残念ですけど仕方ないですね」と高辻さん。
いつもコンビでいらっしゃる福地さんは「これだけの木はなかなかない」と写真をとられた。
8:54
例年だと枝ぶりを見て考えながら切るのだが、今回はばんばん枝を落としていく。

9:00

9:05

9:10

9:21
もうここまで切ると「やっぱりやめます」と言っても手遅れ。

9:31
枝が太くなってきたので一人で持てず、ロープでつるしながら切る。
そのまま落とすと屋根や塀を壊す恐れがある。
地響きを聞けば道路のアスファルトも心配になる。

10時に休憩。
ウクライナ、コロナ、植木職人業界の話。
ゆっくり休んで再開。

10:40

10:41
ずいぶん寂しくなった

この木の下に椅子を二つ出して5人の家族写真を撮るのが夢だった。
のちには子供たちの配偶者を呼び、8人で撮りたかった。
今切らなければ、孫も見られたかもしれない。
10:43
家の風格がなくなってしまった

11:18
ここからは人間の胴より太くなるので、持ち運びできる大きさに、すなわち薄くスライスしていく。枝を落とした電動チェーンソーでは力不足なので混合油エンジンのチェーンソーに切り替えられた。

11:31
とたんに進みが遅くなる。

持っていらしたチェーンソーでは対応できないのか、午後は少し作業して早く帰られた。
14:23
残された姿を見て、突然悲しくなった。
切らなくてもよかったのではないか?
桜にも命はある。では心はあるだろうか?

地上から1メートルの高さで周囲3メートル。文京区の保護樹木だった。
樹齢は2011年で70年以上だったから、もう80年以上か。
毎年かなり太い幹も切り、小さくしてきたが、樹勢は盛んで葉も多かった。
車が来ない私道の奥だったから、長持ちしたのだろうか。
2010年頃?
前の持ち主は一人暮らしの男性で、ほとんど手入れをされなかった。
写真中央の紅葉が桜である。
枝は二階の屋根を覆い、他方は道路を越えて隣の敷地まで広がっていた。
初年度は道路の掃除に二人がかりで40分もかかった。

2012年に自分のものになってから、少しずつ小さくしてきた。
一度にバッサリ切ると枯れてしまうので下の枝を育てながら少しずつ低くしていく。
幹に巣食うアリ、根元に生えるサルノコシカケに悩み、大切に育ててきた。

しかし退職にあたり、終活を意識すると、この桜はいずれ伐採しなくてはならないと思った。

根は道路を盛り上げている。その下の水道管、下水管を圧迫しているかもしれない。
桜は枝の広がりの下まで根が伸びるから、たぶん我が家、お隣の土台にも達しているだろう。被害が出たら取り返しがつかない。

1年前まで、できるだけ長く一緒にいられるようにと思っていたのに、一転、伐採を決めた。

昨年12月、保護樹木の指定解除を申し出ると、文京区の職員が二人が見にいらした。
しかし伐採を認めてくれない。
「台風で倒れて家が壊れたり、根が土台を持ち上げたりしたら、区が補償してくれるのですか?」
「いや、それはできません」。
ただし、樹木医が「老木で倒れそうだ」と診断すれば解除しても良いという。
樹木医なんて責任取りたくないから「倒れる可能性がないとはいえない」というに決まっている。
しかしその費用はこちら持ちだという。
勝手に診断書が欲しいのは区役所なんだから、区役所で支払うべきではないか?
議論は平行線で終わった。
補助金は10年間の総額の1割程度だったのに(規定は5割x0.7(道路にはみ出た枝の分は補助しない)x1/3(補助は3年に1回)=0.12)、伐採を認めてくれない。
持ち主の家より、樹木のほうが大事という職員に頭に来て、そして今、無断で切っている。

4月20日。
伐採プロジェクトの2日目。
私は午前中、シェア畑のパートに行ったため12時過ぎに帰ってきた。
植木屋さんたちは食事に出ていた。

2022‐04‐20 12:53
一面、雪が降ったようになっていた。
ばっさばっさと切った昨日とは違い、わずかに二股に分かれるところの下までしか来ておらず、苦戦しているのが分かった。

12:54
チェーンソーの刃渡りよりはるかに太いため、幹を少しでも細くしようと、縦にも刃を入れている。

13:10
輪切りにできないから、ケーキを少しずつ食べるように、まわりを削っていく。
2台のチェーンソーの音と、飛び散るおがくずの量がすさまじい。
もはや植木屋さんというより材木を切る大工さんのようだ。

13:47
いや、彫刻家かもしれない。

14:52
豆腐を食べるように縦横に切れ目をいれ、バールをねじ込み塊を分けていく。
チェーンソーの1台はエンジンが焼けて使えなくなった。

15:11
なんとか崩したけれども、どうやっても二人では運べない大きな塊ばかり。

15:25

16:09
昨日は寂しさがあったが、ここまで来ると何も思わなくなった。

3日目、4月21日

この日は高辻さん一人。
大きな塊は四方八方からチェーンソーをいれるが、なかなか中心に到達せず分断できない。
彼はおがくずの上に座り込み、コーラを飲みながらひたすら爆音をひびかせていたが、とうとうあきらめた。
私も手伝い、転がしてトラックまで運び、動かせる塊を並べて階段を作り、そこを転がすようにして荷台にあげた。

10年間の強剪定で桜は大分小さくしたが、それでも3日間で廃棄場に運び込んだ伐採量は、2トン200キログラムはあったという。
2022‐04‐21 13:42
3日間、チェーンソーはひっきりなしに動いていた。
大きな塊には途中までの切れ込みが何本もあり、悪戦苦闘をものがたり、それがこのおがくずの山となった。
周囲のフキやこごみ、草花は押しつぶされて埋まったが、また増えるからいいだろう。
しかし根元に住みつき伐採初日に出てきたヒキガエルはどうなったか。

14:31
おがくずを掘ると、埋まっていたひこばえと根株が出てきた。
最終的にはこの場所にほかのものを植えたい。しかし株を掘るのは不可能。
ひこばえも殺し、朽ちるのを待つことにした。

おがくずを掘って、表面に出ている根は切断し、株をできるだけ孤立させた。
そして切り株に除草剤グリコサート(イソプロピルアンモニウム N-ホスホノメチルグリシナート、41%)をかける。ふつうは100倍希釈で使うものだが、500ミリリットルの原液を2本かけ、サランラップで覆った。土壌で分解するらしいので周りに影響はないだろう。

15:54
彼が帰られて、眺めているとお墓のように見えてきた。

2022-03-12
この家は桜をみるために設計されていて、リビングの南東の二面の角は柱、壁がなくガラス張りになっている。桜の枝にはメジロやキジバトなども来た。それが部屋から眺められるという、山手線の内側では珍しい家だった。
夏は日陰で涼しかった。秋の落ち葉掃きは大変だったが、巨木の葉は、夏の暑さからエアコンのない我が家を守ってくれていた。
いつまでも悲しんでいないで、感謝しつつ、未来に向かって何かを植えなくてはならない。


別ブログ

2022年4月19日火曜日

京都14 平安神宮、琵琶湖疎水、インクライン

仕事でなくプライベートで京都に来た。
2日目。
初日の宿だった仁和寺を9時半過ぎにでて、御室の緩やかな坂を南下した。
右は双ヶ岡、左は妙心寺が広がっているはずだが、すこし距離があって、その間は一般住宅地。

途中オムロン創業の地という石碑を横目で見て、しばらくすると道脇の住居表示は御室から花園に代わった。
御室が仁和寺に宇多法皇の御所があったことから寺の別名、地名になったように、花園は駅前の法金剛院をたてた公卿清原夏野が珍しい草花を集めたことから地名になったとされる。
2022-03-20 9:47
坂を下り切って法金剛院の裏あたり、東に回り込むと妙心寺の塀と堀がみえた。
城郭のような威容。
2日目、すなわちこの日はここに泊めてもらうので、妙心寺花園会館のフロントに荷物を預ける。
 9:49
身軽になってから近くのJR花園駅前からバスに乗る。
昨日、金戒光明寺下の岡崎から乗った路線を逆方向に丸太町通りを東に向かう。

東京、大阪では地下鉄がメインだが、京都はバスがないと動けない。
高校の修学旅行ではバスと市電で動いたな。
49年前、嵯峨野天竜寺に向かうバスで山梨高校の女子学生が私に吊皮を「どうぞ」と渡してくれたのを思い出した。
10:28
バスは結構混んでいた。
丸太町通りは千本通りを越えると、逆S字に蛇行する。
道に記憶があった。2003年から2年間、月に2回ほど京都に通っていたころ、宿坊はじめいろんなところに泊まったが、その中に京都っ子というゲストハウスがあった。二条城が近くでドミトリーだったので学生や外国人がいた。検索すると休業(廃業?)したようである。

バスは御苑の南をすぎ、鴨川を渡り、京大熊野寮をこえて、東大路通りのさき、熊野神社前でおりた。平安神宮の真北である。
せっかくなので南にぐるっと回って正面から入った。

10:39 応天門
平安神宮は名前こそ古いが、創建は1895年(明治28年)。
この年、平安遷都1100年を記念して第4回内国勧業博覧会が開催された。(第3回までは東京・上野公園)。その目玉が平安京大内裏の一部復元だった。当初は実際に大内裏のあった千本丸太町に朱雀門が位置するように計画されたが、用地買収できず、当時は郊外であった岡崎で再現された。
祭神は鶯鳴くよの第50代桓武天皇。さらに1940年、京都で過ごした最後の天皇、第121代孝明天皇が祭神に加えられた。

どんな田舎のどんな小さな神社でも、創建はできるだけ古くさせるため云われも怪しいものが多い。
その点、この神社は素性がとてもすっきりしていて潔い。
応天門から外拝殿をみる

平安京と平安神宮の対応は
大内裏―平安神宮
朱雀門(大内裏正門)ー鳥居?
朝堂院-外拝殿前の境内
応天門(朝堂院正門)ー応天門
大極殿(朝堂院正殿)ー神社外拝殿
10:43 外拝殿
西に白虎楼、東に青龍楼を備える。
復元に当たっては実物の8分の5の規模とされたから、かなり広かったことが分かる。
外拝殿のうしろにある内拝殿、本殿は1976年、新左翼活動家により放火焼失、1979年に再建されている。

初めてきたのは1978年3月だが、しっかり覚えているのは2004年2月。
この近くのホテル、トラベラーズインから境内を突っ切って京都大学まで歩いた。

10:46
外拝殿は大内裏の中の大極殿(だいごくでん)を模していて右近の橘がある。
しかしこの足場は何だろう?
1978年3月の写真を見たら、やはり右近の橘は鉄パイプで囲まれていた。

本殿のほうは行かず、先を急ぐ。
応天門の前は冷泉通り、南に渡るとイベント広場の岡崎公園だが、一般神社の境内に当たる。応天門からまっすぐ南に歩くと大鳥居。
11:01
大鳥居の右(東)は京都市京セラ美術館
京セラが寄付したわけではなく、1933年、上野の東京都美術館につぎ自治体図書館としては二番目に建てられた。2019年に京セラが命名権を買ったもの。

11:03
京都トラベラーズイン(写真右)。
白川・鴨東運河(左)のお濠をはさんで平安神宮の真ん前にある。
2004年から2年間ほど月2回京都に来ていたとき、初期のころ定宿になりそうだった。
インクライン、哲学の道、南禅寺、知恩院にも近い。
しかし肝心の職場、丹波口は遠く、朝の散歩で周辺を一通り見てしまうと、
京都の他の場所も見たくなり、ここに泊まることはなくなった。
でも懐かしい。

堀に沿って東に歩くと対岸に岡崎動物園のキリンの首が見えた。
11:07 南禅寺船溜
この堀の場所は、もとは白川が流れていた。しかし琵琶湖疎水開通で、水運を使うため鴨川から運河を掘ったことで、この部分だけ東西にまっすぐ人工的な水路になった。
平安神宮を本丸、岡崎公園を二の丸とする城郭の堀のようになっている。

南禅寺に行く途中、船溜まりの対岸にいくと琵琶湖疎水記念館がある。
無料なので入ってみる。
11:12
疎水の着工は1885(明治18)年。京都市民への上水供給、琵琶湖と市内をつなぐ水運、発電など産業振興が期待されたが、当時の土木建設の常識を超え、京都府の年間予算の約2倍という巨額の費用と5年という歳月を費やした。この背景には、明治維新で天皇、公家が去って活気をなくした京都を再び繁栄させるという目的があった。


記念館で一番面白かったのは、各年代の地図。疎水ができる前、白川が斜めに流れ、平安神宮(着工は1893年)の場所は空白の農地になっている。

11:22 
インクライン跡が遊歩道になっている。
inclineなら斜面という普通名詞だが、蹴上インクラインを略して固有名詞のようだ。
南禅寺船溜まりから、疏水上流の蹴上船溜まりまで、高低差36メートル、全長582m、世界最長の傾斜鉄道跡。
船運が盛んだった1891(明治24)年から1948年まで、荷物を積んだままの船を運んだ。
船は蹴上からはトンネルをくぐりながら琵琶湖(滋賀大津)までいけた。すなわち大阪湾から伏見を経て琵琶湖までつながった。

2004年1月、シミレーションプロジェクトの京都出張にも慣れ、京都市内だけでなく、大津にも泊まるようになっていた。
浜大津に泊まり早朝に三井寺を訪ねた時、この疎水が山に入る場所に偶然出くわしたことを思い出す。

長らく疎水における船の運航は途絶えていたが、2013年新たな観光資源として注目された。蹴上から大津まで7.8km、疎水における観光船の復活の検討が始まり、2018年春から営業が始まった。料金は曜日、時期によって異なり、片道5000円から8000円である。

インクライン跡をわたる橋から南禅寺の参道が続く。
先を急ぎたかったが、疎水を見た後なので、ついでに水路閣をみにいった。
11:24 南禅寺参道
南禅寺というと湯豆腐。
しかし修学旅行に行った1970年代と比べ、観光客の湯豆腐へのあこがれは少なくなった気がする。いまは京懐石や創作フレンチなどが喜ばれ、忘れられたかのようだ。しかし、この辺りは湯豆腐の幟がはためいている。

渡辺淳一「野分」(1982)を思い出す。妻のいる主人公が学会から帰ってきて京都駅で恋人と待ち合わせ、タクシーに乗ると「南禅寺」と告げる。このあたり、祇園など繁華街と山を隔ち、閑静な森の中に料理旅館、ホテルが点在していたのだろう。

石川五右衛門が「絶景かな、絶景かな」と叫んだ山門をくぐり(今の山門は後世に再建されたもの)、水路閣を見た。閣というと二階建ての御殿を思うが、レンガつくりの高架橋である。琵琶湖疎水の支流として北上し市内の灌漑、上水となったわけだが、このおかげで哲学の道ができた。

南禅寺は割と好きで1978、2003年は記録にあるが、何回来たか定かでない。しかし、この寺が京都五山、鎌倉五山の上に位置する、禅寺の中で最高の格式を持つ寺だと、今回初めて知った。

(写真略)

(続く)