2018年7月12日木曜日

御茶ノ水1 増えた薬局、ソラシティの眺め

千駄木から地下鉄で3つ目
新御茶ノ水駅のエスカレーターは長くて、右側開いているレーンを上り始めて後悔するも、登り切った。

地上はJR聖橋口。すっかり変わっている。
2018-07-12

Sola City
ソラマチというと墨田区になってしまう。

丸善は変わっていない。

画材店レモンは、昔喫茶室が併設されていた。

JRの御茶ノ水橋口に出る。
初めてこの交差点に立ったのはいつか?
1974年、高校3年夏の東京見物? 大学入学後の神保町古書店めぐり?
2年生の冬、駒場から本郷に行くときも、ここから歩いたな。

そちらの方角を見てびっくり。
東京医科歯科大、順天堂大とも、大学名を書いた立派な高層ビルがいくつも並んでいる。
かつて両方とも実験や研究打ち合わせで中に入ったこともあり、この方角は何回も見ていたはずだが、この景色は初めて見た。
病院だけは田舎も都会も立派になっていく。
2018-07-12

スクランブル交差点に目を向けてまたびっくり。

薬局ばかりなのである。

交差点の東側に
 ・日本調剤・御茶ノ水橋口薬局
 ・さくら薬局
 ・日本調剤・神田駿河台薬局
道路西側に
 ・日本調剤・御茶ノ水中央薬局
 ・マツモトキヨシ
 ・ドラッグストア・キムラヤ
医科歯科大別館や三楽病院のある西への通りには
 ・御茶ノ水駅前薬局
 ・和同会薬局
 ・日本調剤・駿河台薬局

駅から1,2分のところに9つもあるのだ。
猥雑としたドラッグストア2軒は普通としても、すっきりドアが閉まり、大勢の歩行者が全く見向きもせず通り過ぎる調剤専門薬局が駅前交差点に7つもあるというのは、おかしいだろう。
下倉楽器や黒沢楽器が辛うじて小さく残り安心するが、全くお茶の水らしくない。

薬局はそれほど儲かるのだろうか?
この変化は、薬剤師会の要望を入れた国策によるものだ。私立順天堂は院内薬局だが、国立の医科歯科大は誘導に従って薬局を外に出した。神田川北側に門前店舗は作れないから、ここに集中した。バスを下りる東大病院の患者も少しいるかもしれない。

この医薬分業で患者が便利になったとは思えない。主張するダブルチェックは院内でもできただろう。医師会が了承したのは病院側にも処方箋発行に伴う経済的メリットを与えたからで、すべては医療費に加算される。
いつもどおりの診察でも病院の会計で待たされ、薬局でも待たされる。同じ薬をもらっているのに、薬剤指導管理料も加算される。患者は手間も負担額も増えているが、問題にならない。

用事を済ませて、再び聖橋のほうに行く。

ソラシティが気になる。

その線路側、東に降りていく坂の右側に千代田予備校があった。

中学の修学旅行は記憶なく、長野から自分の意志で上京したのは高3の夏休みが初めてだった。午前に駒場を歩いたあと、御茶ノ水に来た。千代田予備校という看板が目についた。都会の人たちの間で度胸をつけてみようと思って中に入り、ちょうど昼時だったので食堂でカレーを食べた。もぐりで少し講義も聴いた気がする。

Sola Cityに入ってみた。
壁のフロアガイドを見ると16~18階に友人O氏が勤める会社がある。彼はここだったな、と思い出し、思い切って16階に上がる。
エレベーターが開くと誰もいない、余計なものも一切ないフロアの、ガラス戸の向こうから、受付の女性二人がこちらに目を向けた。逃げるわけにもいかず、高級ホテルのような絨毯を踏んで近づき、彼の名前を出すと取りついて出くれた。

「・・・はい、会議室はすべて使用中です。ブースは空いています」と受付嬢が彼と電話でやり取りしたあと、ブースに案内され、しばらくすると彼がやってきた。信州岡谷出身。
5年ぶりに共通の知人の話などした。
辞去するときに、このビルで外を見れるところがないか、と聞いてみた。
ないそうだ。

しかし、ちょうど窓際に並ぶ会議室の一つが空いたようで、そこに入れてくれた。
絶景。
湯島聖堂

東を見れば総武線がまっすぐ伸びる。
秋葉原駅の先に小さく浅草橋駅も見えるではないか。これは予想外。


北を見れば湯島聖堂の裏に神田明神の鳥居、その向こうに東大病院、その右に上野公園が見える。少し曇っているのが残念。

西に目を転ずれば、聖橋と東京医科歯科大。
真下を見ると総武線と中央線の分岐点
鉄道ファンにはたまらない景色だろう。

まじめに仕事されていた小尾紀行氏を突然訪問、邪魔してしまったが、親切に付き合ってくれた。大いに感謝しながら、エレベーターの前でまた握手して別れた。

下に降りるとニコライ堂が目に入る。


かつては来たときはもう少し芝生の部分があったような気がするのだが、記憶違いか。

聖橋に戻る。

湯島聖堂の前から丸ノ内線がでてくる。
食べかけのレモンをここから放ると快速電車の赤い色がそれとすれ違う・・・。
さだまさしの「檸檬」はこんな歌詞だった。
あのころの車両はステンレスの灰色部分がなく、車体全部に色が塗ってあった。

今ここでレモンをかじったら年配の人は半分くらい気が付くか?
若い人は変人と見るだけだろう。
大部分の人は死ぬまで一度もレモンを齧らない。

この歌は湯島聖堂から始まりスクランブル交差点で終わる。
相生坂
かつては昌平坂とも言ったらしいが、いま昌平坂は相生坂下から北へ上がる坂。

1974年の夏もこの道を歩いたが、塀の向こうが湯島聖堂とは、田舎の高校生は知らなかった。


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