「走馬芹(支那ノ通稱)ノ中毒ニ就テ」
薬学雑誌282号, 721頁 (1905)
今から100年前、明治38年初夏、出征中の2つの部隊で兵士が「無聊ヲ慰メント」満州のセリを食し、意識不明、両部隊とも死者を出した。薬學士渡邊又治郎は、日本の毒セリとの関係を考察している。
「(略) 痙攣ハ手足ニ跳躍スルガ如キ状態ヲ以テ始マリ次ニ口ヲ開大シ眼瞼筋ニ著名ナル痙攣ヲ來タシ數分時ノ後ニハ強ク口ヲ緊閉シ顔面ハ著シキ「チヤノーゼ」ヲ呈セリ手足モ又強直ニ陷リ瞳孔反応及角膜反射共ニ消失シ精液ヲ漏出ス(略)」
症状観察が詳しいのは、医学が未発達な時代に加え戦地での診断で、とにかく後日のために分かることは全て記録しようとしたからであろう。
有毒のセリ科植物は2種類あり、その成分は、アルカロイドのconiineと三重結合を持つ炭化水素のcicutoxinが知られている。それぞれニコチン受容体とGABA受容体に結合する。
事件後の現地試験で
「依的兒(エーテル)ニヨリテ抽出シ得タル物ハ阿爾加魯乙度(注:アルカロイド)反應ヲ呈セズ」「樹脂樣ニシテ酸性且ツ葉ノ芳香ヲ有スルハCicutaVirosaノ含有スル「チクトキシン」ト能ク相一致」
「戦地ニ於テ操作十分ナルヲ得ザルヲ以テ抽出シ得ザル他ノ成分尚存スルヤモ知レザルモ其生理作用ハ中毒者ノ症状ト相似タリ」
と推定している。
ACh、GABAなどの生理作用は知られておらず、神経伝達物質の概念もない。
(心臓の副交感神経刺激で還流液中に抑制性物質が出ることが発見されたのが1921年)。これらは単に「毒」であり、分析同定も困難な時代であった。Cicutoxinは1915年単離、1953年に構造決定されている。
この年の薬学雑誌は、”日露戦局進ンテ漸ク満州ノ野ニ入ル“の書き出しで『満州ノ薬用植物』、『蒙古産牛乳ノ価値ニ就テ』などの論文がある。
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