2021年1月1日金曜日

赤坂1 見附から一ツ木通り、TBS

旧臘29日赤坂に来た。

千代田線で千駄木から1本、17分でTBS前まで来るが
南北線で本駒込から13分、永田町で降りた。
6番出口から出ると青山通りの向こうに赤坂見附門の石垣が見える。
2020-12-29 11:07
赤坂はほとんど来たことないが、永田町は2013年以来薬業健保会館での講演やら日枝神社散策やらで何回かおりている。

11:09
江戸時代、赤坂見附は外堀の先を見下ろしていた。

1977年3月、駒場から宮益坂、青山通りを通ってこの坂を上り本駒込まで自転車をこいだ。
数日前に長野から父親がライトバンできて布団など運んでもらったので、忘れ物を入れたナップザックだけ、ジャージを着てペダルをこいだ。天気が良かったこととこの坂だけ覚えている。
地下鉄乗り換えを除けば赤坂見附を通ったのは、以来2020年までなかった。

その少し前、76年頃、交差点の西南の角にあったビルで中学の同級生Fに会った。
さわやかで控えめだけど野球部のショートを守り、人気者だった。
勉強もそこそこできて地域2番目の進学校、須坂高校に進んだが、その後は知らない。中学以来全く会ってないのに突然呼び出された。赤坂見附など私は初めてだったが彼はスーツにピシッと決め、連れられるままレストランに入った。真っ白なテーブルクロスで戸惑ったが、600円くらいのセットメニューがあって安心した。彼はコーヒーだけ頼み、中学の思い出に話が弾んだ。
後年、同級会で再会したら、この時はねずみ講にはまり、金がなくてひどく困窮していたという。おそらく最初は私を引き込もうと誘ったのだろうが、その日彼は一切そのそぶりを見せなかった。

その赤坂見附の交差点から、未知の区画、赤坂に入っていく。

明治になって外堀は埋められ道路となり、その外堀通りと赤坂の台地の間には平行に4本(北では3本)の通りがある。

外堀通りから2本目の通りは旧町名から赤坂田町通りといい繁華街であったが、1970年代になって高級料亭ががなくなると荒れた雰囲気となり、暴力団が関係する風俗店や、韓国系ビルのテナント飲食店が増え、ヤッカン通りとも呼ばれるようになったとか。いまはエスプラナード赤坂通りというらしい。

エスプラナード赤坂通り
両側が叙々苑。さすが赤坂、焼き肉の町。
その向こう左側は赤坂グランベルホテル
正面遠くにニューオータニがみえる。
コロナのせいか、年末休暇のせいか、赤坂のイメージからすると人は少ない。

その西側、3本目のとおり
11:14
みすじ通りという。
振り返ればニューオータニ

11:15
料亭金龍 1928年創業
赤坂、六本木は第一連隊(今のミッドタウン)、第三連隊(今の国立新美術館)、近衛第三連隊(いまTBS)の兵営があり、外堀通りを挟めば陸軍省、参謀本部のあった永田町である。築地、霞が関を本拠とした海軍の新橋に対し、陸軍は赤坂の料亭で遊んだ。もちろん永田町といえば政治の中心、多くの政治家、実業家、名士もここで芸者を上げた。
しかし、軍がなくなり、近年は官庁、企業の接待も規制と経費節減で減っていく。昭和30年(1955年)には芸妓300名、料亭80軒あった赤坂花街は急速に衰退した。

金龍は2004年ごろ閉店したらしいが、2009年和食店として復活、一見さんでも入れるようになったが2019年3月、閉店したようだ。それから2年近くたっているが、まだ建物が残っている。
100坪の敷地は奥行きが深い。隣の駐車場に入ると、黒い塀からのぞく樹木の間に忘れられたように柿がなっていた。

明治28年
中央、近衛第三連隊、左下が第一連隊

4本目すなわち一番西の通りは一ツ木通りという。
一帯はかつて赤坂一ツ木町といった。
大昔、鎌倉から奥州へ行く街道の駅があったらしく人継ぎからきているという。

一ツ木通り
「ちょっぴり寂しい乃木坂、いつもの一ツ木通り、ここでさよならするわ、雨の夜だから」(1979、別れても好きな人)
初めて来たが、もっと色っぽい町かと思っていた。
1979年、M1のころは歌わなかったが、1981年に就職してから何度カラオケでお世話になったことだろう。一緒に歌った職場の女性を思い出す。

一ツ木通りと赤坂通りの角は赤坂Bizタワー
TBSが所有するオフィスビル。赤坂サカスの中心をなす。
以前はTBS会館、TBSホールがあったらしい。2008年竣工39階建て。
別れても好きな人の時代は、こんなビルもなく、街ももう少し低層、しっとりした通りだったのかもしれない。

赤坂サカスの名前はいろいろ意味を込めたらしい(略)

赤坂Bizタワーはオフィスビルである。
ちょっと入ってみた。
2009年博報堂が本社を神田錦町からここに移した。
コロナのせいか年末のせいか、ガードマンしかいなかった。

左、酒亭かねさく、右、日本料理の松葉屋
赤坂Bizタワーの前からみすじ通りに降りる道。
別れても好きな人の一ツ木通りのイメージ。
このあたり、勝海舟が最初に赤坂で住んだボロ屋があったところである。

11:33
赤坂通りに出るとTBSがみえる。

2020-12-29
TBSとBizタワーのあいだをサカス坂という

赤坂Bizタワーのレストラン街
再開発で立ち退いた飲食店が再入居したらしい。
ランチは1000円以下でも食べられる。

赤坂はどの通りも飲食店が多い。
家賃は高いだろうが、店舗間の競争も激しいだろうから値段はリーズナブル。

赤坂サカスの前の人工芝
TBS番組のパネルがある。
先日終わった日曜ドラマ、吉高由里子の危険なビーナスが面白かったが、もう次のドラマのものに変わっていた。

TBSの正面玄関?
ここから先は入れない
関係者は横の通用口から入っていった。

赤坂サカス、TBSの北は尾根の坂道になっている。
再開発された2008年に、さくら坂と命名された。

2年前に死んだ長野のいとこから昔もらった年賀状を思い出した。
東京の大学に通っていた子供と一緒の家族写真は、たぶんアークヒルズの桜坂だろう。
娘さんが福山雅治を好きだったのだろうか。
桜坂は六本木ヒルズにも大田区にもある。
今月三回忌。

赤坂とはどこの坂だろう。(国土地理院地図)
赤土の坂が多かったからとも、紀伊国坂(あかね坂、赤坂見附から弁慶掘りと迎賓館の間を上がる坂)の訛りからともいう。
 ちなみに旧赤坂区は現住居表示の青山(北、南)、赤坂、元赤坂の範囲である。

(続く)


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