2018年9月25日火曜日

前の古家が解体された

我が家のあたりは、江戸切絵図では「植木ヤ多シ」とあるが、明治になって宅地となった。
その後、車社会になる前に家が立て込んだから、道が狭い。
さらに借地の家が多いこともあり、権利が複雑で開発が進まない。


右の平屋のお宅は昭和25,6年の築。


おかげで山手線の内側にありながら、道は草が生えている。
雨の日はヒキガエルが歩き、時代が止ったかのようである。

2018-09-23

借地の家というのは勝手に建て替えできないから古い家が多い。

その中の1件、我が家の真ん前の家が突然解体された。
廃屋のような、山小屋のような平屋で、壁は板。
くすんだえんじ色のペンキが剥げ、良い味を出していた。
2018-09-17
平屋とはいえ、門のわきに大きな木があったから、それらを含めて取っ払われると、一気に我が家のリビングから千駄木小学校の校舎まで見える。
明るくなったが借景が消えて、殺風景となった。
2018-09-23

今回もまた、写真を撮っておけばよかった、と後悔。
過去の写真が3枚だけ見つかったが、肝心の正面からのものがない。

西側から 2017-05-05

東側から 2016-01-17
以前はここも土の道だったという。

近所の人の話によると、解体前にこの家の所有者が挨拶に来られたそうで、20年以上ずっと住まずに地代だけ払っていたらしい。

借地というのは建物がなくなれば借地権が消滅し、底地は更地にして無償で地主に返さなければいけない。
しかし借地権は売買できるから、建物が残っているうちに(権利があるうちに)第三者に売ることができる。
ただし、この辺りは地主が相続で人数が増え、話し合いができず、建て替えも、第三者への権利譲渡も難しい。

業者による解体は非常にのんびりしたもので、雨天や休日は作業をしない。
このことからすぐに何かを建てるわけでもなさそうだ。
解体した人は他に家があり、単純に放棄、すなわち地主に底地を返したのかもしれない。

辛うじて玄関周囲の板壁が残っている。
先々週だったか、大きな植木鉢を廃材と一緒に捨てようとしていたから欲しかったのだが、妻にやめなさいと釘を刺された。
いくら作業が遅いとはいえ、見るたびに作業は進んでいる。
洗面所など、昭和、戦前の匂いがする。
2018-09-23
ほとんど処分して更地のようになったのに、ここにきて突然、人参のアルコール漬けが現れた。
縁の下あたりに忘れられていたのだろうか。
これを作ったのは、解体を決めた人の親だろうか、祖父母だろうか。
そのころ、車の来ない土の道は、遊ぶ子供でにぎやかだっただろうか。

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