2020年9月22日火曜日

秋に入谷朝顔市を思い出す

彼岸をすぎ、枯れそうになっていた朝顔が今年初めて咲いた。
すぐそばの街灯で夜も明るいことから季節を間違えたのか。

2020-09-22
朝顔なぞ小学生の全員が育てられるという簡単なものだが、我が家では難しい。
葉っぱばかりジャングルのように繁るが、その割に花が少ないのである。
邪魔なので妻に文句を言ったら、いつしか種は鉢にまくようになり、彼女は黙って習慣のように水をやっていた。
これなら小学生と同じはずだがそれでも思ったようには咲かなかった。

この日、季節外れで咲いた朝顔は、きけば4年前入谷で買った朝顔の種だという。
そうだ朝顔市にいったなぁ。
グーグルフォトに写真が残っていた。
ブログを始める前の2016年。

千駄木に引っ越して4回目の夏。
7/8(金)7:45 自転車で出発。
通勤通学の人々とすれ違いながら団子坂を降りて三崎坂をのぼり、言問通りに出て、デニーズで朝食。
2016-07-08 8:12
ゆったりと目玉焼き、ベーコン、ウィンナ、トーストで596円。
隣は常連のようなお年寄り夫婦。ジップロックに入れたふりかけのようなものを取り出し、朝定食のご飯にかけていた。
写真の窓から見えるのは、通りの向かいの高級マンション。
その場所は明治31年下谷から東京薬学校が移転してきて、長く東京薬科大女子部があった。1976年同大が八王子に移転した後、日本医大が建物ごと取得し、日本医大看護専門学校となった。私が谷中に住んでいた1978-80年、上野から帰るときはいつもその建物のそばを通った。しかし99年12月に取り壊され、2002年3月、ルネ上野桜木が竣工した。
反対運動もあったというが、今や不忍通り沿いのマンション乱立から見ると、まだ大人しい景色と言わざるを得ない。

店を出ると早くも夏の太陽が照り付けていた。
遮るもののないコンクリートの寛永寺坂で線路を越え、下って根岸のごちゃごちゃした歩道をしばらく走ると葦簀の露店が並んでいる。
9:04
その谷中にいた40年近く昔、木造アパートの一室でさだまさし(グレープ)を一人歌っていたころ、好きな人とほおずき市や朝顔市を歩くことに憧れた。

しかし40年経って初めて来た朝顔市は、歩道にどの店もびっしり同じ朝顔を売っているだけで、あっという間に見終わって、とくに何の感動もなかった。伝統の重要さは理解するが、半分くらいは他の草花や植木なども売っていればいいのに。

入谷鬼子母神(真源寺)は樹木もあまりない町中の小さい寺で、狭い境内は人ばかりで見るものもなかった。

9:04

ウィークデーの埃っぽい言問い通りを車がびゅんびゅん通る向こう側の歩道(正確には車道の歩道側レーン)は食べ物関係の屋台が準備中。昨夜のにおいが残っていた。夕方歩行者天国になれば、少しは若いころ想像したようなロマンチックなものになるのだろうか。
9:11
値段はどれも2000円。
三日目の最終日だから値下げしたい業者もいるだろうが、組合の協定で変わらず。

妻は、キキョウの形をしていて珍しいと一鉢買い、さらに例外的に1000円というのを見つけてまた買った。

2016年当時、家には朝顔がはびこっていた。前年、忘れたころ咲いて種がこぼれてあちこち芽を出し雑草状態になっていた。それなのに何で買うのか、と言いたかったが、ぐっと飲みこんだ。私は入谷の「朝」を見に行ったのだが、彼女は鉢の朝顔を買いに行ったらしい。

2016-07-08 11:21

今年はコロナで中止となったが、入谷朝顔市は毎年、曜日に関係なく、七夕が中日となる7月6,7,8日である。60軒の朝顔業者、100あまりの露店が並び、2万鉢の朝顔が販売されるという(台東区公式サイト)。

80円の野菜の苗を買っている身からすると、2000円は高い。しかし人々は朝顔祭り(夜)に行って、露店を食べ歩きながら(夜は咲いてなくても)鉢を買うことが楽しいのだろう。

今度は浅草ほおづき市(7月9,10日)に行かなくちゃいけないな。

1978年から80年ころの7月は、朝顔市、ほおづき市のあと、教室旅行で式根島や新島に行き、年によっては学校の屋上で隅田川花火を見て、夏休みに入った。

しかし私は遊ぶ女友たちもおらず、西日は入るも風の入らぬ谷中の暑いアパートで一人ギターを抱え歌っていた。
「ほおずき」1975

いくつかの水たまりを残して
梅雨が駆け抜けてしまえば
しめった風の背中越しにきみの好きな夏が来ます
あの日きみにせがまれてでかけた小さなお祭り
綿菓子の味 アセチレンの光
きみは赤いほおずきを買った 

今読めば悲しい歌なのだが、当時は詩の意味も考えず、次々ページをめくり片っ端から歌っていた。

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