2026年7月10日金曜日

上野公園17 西洋美術館5 ブリューゲル、モネの破損作品を見て、レンブラント展は入らず。

7月8日、3週続けて西洋美術館に来た。
目的はブリューゲル(父)の版画を見ること。
前のブログを書くときに西洋美術館の「作品検索」で彼の名を入れたとき、27件もヒットし(すべて版画)、そのうちの1件が展示中とあったからだ。
しかし常設展の版画展示室にはなく、係の女性に聞いたら、企画展のほうだという。
いま、レンブラントの版画展をやっていて、影響を与えた作家の作品として出ているのかもしれない。

せっかく入ったので父と同名のフリューゲル(子)の絵を見に行った。
好きな絵だけど4回目にして初めて写真に撮った。

2026-07-08   11:38
「鳥罠のある冬景色」
ピーテル・ブリューゲル(子)(1564-1637)

私の好きな父親の「雪中の狩人」とそっくりだった。
フランドル地方の北方ルネサンスの画家として知られる父は5歳のときに亡くなり、長男の彼は父の作品の多くを模写し、さらには何枚も複製した。実際、父親にも「鳥罠のある冬景色」(1565)がある。

ブリューゲル父の作品は私学共済の組合員誌に連載された「名画物語」で紹介され、ページを破いてとっておいた。
「雪中の狩人」(1565)
Pieter Bruegel the Elder(1525?‐1569)
彼は「バベルの塔」のほうが有名かもしれない。

さて、「鳥罠のある冬景色」に戻す。
親子だからタッチが似たわけではないのである。
2つ前のブログに書いたが、絵というものは実物を写すのは難しいが、絵になったものを写すのはたやすい。画家ならば息子の彼でなくてもそっくりな絵は描けただろう。

となりに彼の弟、すなわちピーテル・ブリューゲル(父)の次男の絵があった。
ヤン・ブリューゲル( 1568 – 1625)
彼の子も同名の画家であり、この一族は何人も有名画家が出ている。

19世紀の作品がある新館に行った。
11:42
「春(ダフニスとクロエ)」(1865)
Jean-François Millet(1814‐1875)
ミレーは落穂ひろい、晩鐘、種をまく人など農民の姿を描いた作品が有名だが、それらより
10年ほど後の作品である。
昔、山梨県立美術館がミレーの絵を購入して話題になった。

モネの部屋を出たところに休憩スペースがあり、ビデオを上映している。
腰を下ろして見ていたら、川崎重工が2023年3月から西洋美術館のオフィシャルパートナーになっているという話をしていた。西洋美術館の核となった松方コレクションの松方幸次郎が川崎造船の社長だった縁による。
11:47
ふと背中の壁を見ると、「寄贈者御芳名」があった。筆頭はもちろん松方幸次郎。つぎの大阪商船というのは三井船舶と合併して今、商船三井になっている。川崎造船からスピンアウトした川崎汽船とはライバル関係にある。船運会社というのは絵画が好きなのだろうか。

ふたたびモネの部屋に戻った。
作品検索によれば、モネの作品は19点ああり、油彩画が16点、そのうち12点が展示中とある。
ほんとにあるのだろうかと数えたら、確かに展示されていた。

2つ前のブログに油彩画が全部で370点、常設展が120~150点と書いたが、16点中12点を展示しているということは、全作品を平等に入れ替えるのではないことを示す。
やはり来館者は有名作品を見たいから、それに応える形で入れ替えているのだろう。

2年前に入ったとき見た「波立つプールヴィルの海」(1897)、「しゃくやくの花園」(1887)は今回なかった。モネの働き者16点は4点ずつ倉庫で休めるのだろう。

今回、3週続けて前を通り過ぎた、ある大型作品を初めてじっくり見た。
12:12
「睡蓮・柳の反映」(1916)
一瞥すると上部に金箔をはった、例えば尾形光琳の屏風絵のように見え、とても睡蓮とは思えず、先々週も先週も通り過ぎていた。
近くに寄ったら、金色の部分は絵の具が剝げた後だった。
要するに大破している。
横の説明を読んだ。
12:16
この作品は松方が購入したあとロダン美術館に預けられ、大戦中地方に疎開されたときに損傷したらしい。戦後、敗戦国資産としてフランス政府に接収されたが、あまりの損壊ぶりに、接収リストや返還リストにも入っていなかった。2016年というから最近だが、ルーブル美術館の中で発見され、2017年、松方家から西洋美術館に寄贈されたという。
この数奇な来歴を知って、もう一度絵の具のはげ具合を見て、この部屋を出た。

1階に降りた。
3週続けて入って、そのたびに気になっていた絵を初めて撮影した。
12:24
「ケイテレ湖」(1906)アクセリ・ガッレン=カッレラ(1865‐1931)
2021年度購入
フィンランドの画家らしいが初めて知った。
フィンランドは人口500万人。1809年までスウェーデン、その後ロシアの支配下にあり、1917年に独立した。反ロシア感情からEU諸国の中では最も親日度が高いらしい。
彼は1904年の日露戦争のニュースを聞いていただろう。

改めて絵を見ると、静かさの中に水面の動きが見えて不思議な絵である。

ここで常設展会場を出た。
地下の企画展ではレンブラントの版画が展示されているらしい。

ポスターを見ると協賛キッコーマンという。
野田の茂木本家美術館がレンブラントを所蔵しているのかと思ったが、そうでもないようだ。
しかし出口近くの特設売り場にキッコーマンがあった。
12:29
醤油さしにレンブラントの自画像が描いてある。660円。
しかし文字は英語。veganとも書いてある。ますますわからなくなった。

調べたら、キッコーマンは1997年、オランダに初のヨーロッパ工場を完成させた。それ以来、社会貢献活動としてレンブラントハウス美術館の改修増設などに寄付を行ってきて、新館にはKikkoman Roomという展示室もあるらしい。その美術館ではヨーロッパ限定の醤油さしを売っているらしく、今回特別に日本でも販売したようだ。

オランダは確かに江戸時代を通じて国交があったが、レンブラント(1606‐1669)が醤油を知っていたかどうかは分からない。

醤油さしの向かいではレンブラント作品の複製品も展示されていた。(版画自体も複製品だが。)
4万円くらいである。見入っていると、係の女性に声をかけられた。
聞けば美術館とは関係なく販売するササキアートの人らしい。
12:32
雑談すると、いまアジア人が非常に多いらしい。
昔は外見、雰囲気から日本人と区別できたのだが、今は全く分からないという。「話してみて日本人じゃなかったらこのカードを出すんです」。見れば英語、中国語、ハングルのカードが置いてあった。手書きだからこの場でスマホを見ながら書いたのだろうか?ハングルを見ながら写すのは大変だ。
読めば40年前、オランダのレンブラントハウス美術館で限定複製され日本に輸入されたもの、というが、本当だろうか?

ここで外に出た。

梅雨も明けるかな、と思う暑さだった。
12:54
この日は野球場の裏、西洋美術館と交番の中間にあるスペースの縁石に座り、相変わらず多い外国人を見ながらサンドイッチを食べた。

不忍池におり、池をぐるっと回って午後の仕事に向かう途中、ギーンという変な音が聞こえた。
13:14
何かイベントの準備をしていて蓮池の中の遊歩道にまでびっしり風鈴がぶら下げられていた。
風鈴というのはたった一つがたまに来る風で鳴るものだ。
無数に並べればひっきりなしの連続音になってしまう。一つ一つを見ればガラス製のきれいなものである。企画した人は「夏」「涼しさ」ということから風鈴を選んだのだろうが、多いほうがいいだろう、と大量に並べた結果、雑音となり、壮観という視覚的なものしか生まれなかった。

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