2016年12月25日日曜日

薬学雑誌とは

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日本薬学会は明治13年(1880)に始まり137年の伝統をもつ。その学会誌「薬学雑誌」も古い。最古とさえ言えなくもない。


維新の後、明治6年頃から新聞と雑誌の区別ができてきて、明六雑誌(1874)、学芸志林(1877)東洋学芸雑誌(1881)など多数刊行された。しかし、多くは短命で続かなかった。医学関係では順天堂医事雑誌(1875)、東京医事新誌(1877-1960)、東京薬学新誌(1878)などがあった。

 長く続いて今につながるものは順天堂医事研究会雑誌(1887)、成医会月報(1882,後の東京慈恵医大雑誌)、学会誌では、東京数学会社雑誌(1877、後に数学会と物理学会に分裂)、東京化学会誌(1880)、薬学雑誌(1881)などが古い。この中で唯一、文明開化の時代以来、名前も変わらず、21世紀もしっかりと続いているのが薬学雑誌である。


 50年前にファルマシアが誕生して、会報誌としての役目は譲り、総説誌となったが、明治期には最新の薬学情報だけでなく、文字通り会員の動向を紹介していた。教科書、成書で見る歴史からではなく、当時の一次資料の記事からは些細だが新しい発見もある。


 句読点なしの文語体、旧字、旧仮名遣いであるが、当時は記事自体が短いこともあり、慣れると意外と苦にならない。

薬学昔々 目次




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薬学昔々の再掲、再開。

薬学昔昔とは、日本薬学会が明治以来発行してきた「薬学雑誌」の古い記事を発掘して紹介するコラムで、同学会誌「ファルマシア」に毎月連載されていた。


9年間連載していたが20153月中止となり、その後、薬学会のホームページで見られた過去の記事も読めなくなった。ゲリラ的な半ページのコラムだったからciniiにもない。


どうでもいいB級ネタばかりであったが結構読者がいて(薬学会会員は2万人近く)その後また読みたいという方もいらしたり、書いてあった未発表記事もいくつかあったりしたので、2年近くたって、ここに復活させる。


107話まではファルマシアと同じ材料、順番で書く。ファルマシアの文章を転載しようかと思ったが、執筆時の時事ネタは合わなくなっているし、気に入らないところ、分かりにくいところが多々あるので、ほぼ全面的に書き直す。ファルマシアのほうの文章は薬科大の図書館に行けば読める。

薬学昔々 目次
薬学雑誌 明治27年5月26日号



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2016年12月24日土曜日

製薬企業ランキング 世界編



必要があって久しぶりに売り上げランキングを見た。
決算は2016年、その数字を使う2015年度版が一番新しい。

頭にランキングが残っているのは2007年、『新薬誕生』を訳していたころだから、8~9年ぶりだろうか、久しぶりに見て驚いた。
いつも合併のニュースでにぎわすファイザーがトップなのは昔と同じ。
ノバルティスもここ数年調子が良いので、予想通り。

3位のロシュがちょっと意外。90年代から続く有名メガファーマ同士の派手な合併には出てこなかったが、2009年のジェネンテック、2014年インターミューンと、バイオ医薬企業の買収、診断薬への進出、着々と布石を打っている。古典的な低分子医薬と導入品に頼る日本メーカーとは違う。
ノバルティスもあわせスイス勢がすごい。ドイツの研究者が支えているのだろうか。

4位サノフィはヘキストだけでなく、元いた会社のヘルベッサーが導出されたマリオン(メレル・ダウと合併)、導入品の調査をさせられたローヌ・プランなど多数の会社を飲み込んでいる。ドイツアメリカの会社が入っていてもフランス国籍になっているのはフランス政府の力を見せつける。

5位メルクは私が就職したころは世界一だった気がするが他社が合併を続ける中で順位を落として行った。シェリングプラウとの合併で戻した感じ。でも大きければいいというものではないから。

ギリアドなんていう名前はかつて聞いたことがなかった。1987年創立。1999年FDA承認のタミフルはここが開発。これはロシュに導出されたが、抗ウィルス薬に強いことが分かる。その後は自社販売も始め、爆発。 2013年から19位、9位、6位と伸びている。順位以上に売り上げの伸びがすごい。C型肝炎治療薬が2兆円近い。日本国内だけでも4200億円。
2007年当時唯一1兆円を超えたファイザーのアトルバスタチンが最初で最後と思っていたのだが、一つ薬を作ると、ほんとに地図が変わる。人数が急に増えたといっても8000人。何万にもいるメガファーマをあざ笑うかのようだ。

7位JnJ、ここはレミケードのセントコアを傘下に入れたところで、「新薬誕生」でずいぶん社歴を調べたから愛着がある。

8位のGSKは、2007年ころはファイザーと競っていたのだけどね。

9位アストラゼネカ。ここも「新薬誕生」で調べた。でもオメプラゾールの特許対策で光学異性体を新薬並みの薬価にしたことでちょっと私の抱くイメージが下がった。

10位のアッヴィはアボットの新薬部門が独立、すっかりバイオ医薬品メーカーに変身し、いい位置にいる。

11位、バイオのアムジェン。1980年3人で出発したという。

ジェネリックメーカーとして有名なテバが12位、これも10年前は考えられなかった。
13位リリー、14位BMSはもっと上だったんだけどね~

ノボ、バイエルに続き武田が17位。ミレニアムやナイコメッドを買収しても世界は遠い。90年代の筋肉質だった企業が、中途半端に膨張して良さがなくなったように(外部からは)見える。

参考:研ファーマ・ブレーン
http://www.risfax.co.jp/beholder/beholder.php?id=699


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スミチオンとマラソン

本当に発育が遅い私の白菜。
しかも冬至を過ぎて、まだ虫が葉っぱを食べている。秋寒くなってから、そのうちいなくなるだろうと、面倒なこともあって、消毒しなかったのだが、諦めて噴霧した。

20年前のスミチオンfenitrothionから使いたいけど、春にキャベツに使ったら害が出たので(このことから、かなり古くても使えることが分かる)、ちゃんとアブラナ科に対応するマラソンmalathion(下右)にした。両方とも有機リン系。
アセチルコリンのようなプラスのチャージを持っておらず、こんな形でコリンエステラーゼだけを選択的に阻害できるのだろうか?










同じ有機リン系でも虫に対する有効スペクトルと野菜に対する有害作用スペクトルが違う。
エステラーゼがそれほど違うとも思われないので、昆虫、植物体内での動態、付着しやすさなどの物理的性状、あるいは溶媒などが関係するのか?

いずれにしろ、作用というのは量とセットになって意味がある。単に何倍希釈とラベルで指示するだけでなく、各種植物、害虫(ついでに哺乳類)に対し、それぞれ何倍から作用が出るのか、ネットで公開してほしいものだ。


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12月の野沢菜2


長野の父が封筒一杯に送ってくれた種。
引き出しから出てきた。
春から何回かまいたが出なかった。
いつの種だろう。彼が死んで7年たつ。室温に10年?15年? 
諦めて最後に大量にまいたらいくつか発芽した。
発芽率は0.1%くらいだろうか。

ていねいに地植えし、ここまで育った。
信州では大きく育ち、とっくに漬物になっている。
日当たりが悪いのか、土が悪いのか。
それでも旨そうだ。

春、雪の下で冬を越した株から出る新芽は、市販されないが、とろみがあって苦くて柔らかくて大好きだ。それに種を取らねばならない。春、虫が出てくる頃が勝負だ。

60回目の冬至


12/20、大宮でレッスンを受けて遅く帰宅。私の夕食を用意していた妻が「きゃー、ショック」という。何事かと思ったら冬至で買ってきたゆずを風呂に入れ忘れ、彼女はすでに入ってしまったという。まあいいや、と風呂に入れに行った。

私は一人でテレビを見ながら最後にかぼちゃの煮つけを食べ、それほど好きではない風呂に入ったのだが、こちらもすっかり忘れ、風呂の蓋もあけずに頭だけ洗って出てきてしまった。3人の子供たちも面倒くさがり屋だから朝シャンプーするだけ。今年は結局誰も入らなかった・・・

庭には長野から持ってきた菖蒲がある。子供のころ祖父と入った湯船の中で、大きな草束を抱きかかえたときの胸の感触と匂いが忘れられない。千駄木に植えたときは5月に風呂に入れることを楽しみにしていたのだが、毎年忘れ、いつもゆずの時に思い出す・・・

だんだん激しくなる物忘れ。いつか致命的なことが起こるのではないか。

(ここまで12/22に投稿、しかしトラブルで消えて再掲)

翌日妻がまた入ろうとしたのか、ゆずを袋に入れて窓のところに置いていた。私は入るつもりはないが、彼女は忘れずに入ったのかどうか、聞くのを私が忘れた。

2016年12月23日金曜日

第3話 薬学雑誌、初?の構造活性相関の論文


薬学雑誌27516(1905)から
http://ci.nii.ac.jp/naid/110003664171


コリン属の生理作用に対する側鎖の影響 Chem.Ztg.No.79, 941 (1904)(慶松)
薬学雑誌には「学事彙報」という最新外国雑誌の記事を紹介するコーナーがあった。今の「トピックス」欄のようなものだが、毎月10本から20本。各記事の分量は4行から20行でマチマチである.

明治日本は欧米文明の輸入に努めた。清国が植民地化される弱肉強食時代、国家存続のためにも必死であった。東大などは欧米文明の“配電盤”(司馬遼太郎)として設立され、技術者、教育者の養成とともに、西洋技術を「翻訳、噛み砕いて」全国津々浦々まで分配、普及させるという使命が大きかった。薬学、有機化学においても例外ではない。


 さて、トリメチルアンモニウム塩基に付する1鎖基の違い、すなわちcholin, neurin, muscarin, betain, isomuscarin, etc.で大きく生理作用が異なるというGadamer氏の論文紹介である。よくみると語尾にeが付いておらず、今とスペルが違うのは良いとしても、ムスカリンの構造が違う(正式には下図)。ベタインも現在はこのトリメチルグリシンを含むトリメチル化アミノ酸の総称になっているが、当時はこの化合物だった。Neurinの名称も今は使わない。時代を感じる論文である。

 当時は神経伝達物質の概念などないから、後にACh受容体サブタイプの名前になるムスカリンも、ただの毒物としか認識されていない。ちゃんと構造活性相関を考えており、Medicinal Chemistryの始まりである。簡単、素朴な記述である分、ほんのわずかな側鎖の違いで作用が激変することに興味持ち、頭をひねっている当時の化学者が想像できる。

紹介者の慶松とは1901年東京帝大薬学科卒、08年満鉄中試初代所長、22年帝大教授、日本薬剤師会会長も勤めた若き日の慶松勝左衛門である。

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