2019年10月28日月曜日

エーザイくすり博物館でアデュカヌマブの真相が

昨年に続き、日本薬史学会に参加した。
会場は岐阜、エーザイ川島工場にある内藤記念くすり博物館。

ずっと川島は西の岐阜羽島の方という勝手なイメージがあったが、今回、各務原市南部、木曽川の川中島にあると知る。
各務原と言えば、戦前、陸軍の飛行場があり、隼の川崎重工があり、三菱のゼロ戦も牛車でここに運ばれ試験された。いまは航空自衛隊の基地がある。
2019-10-26 富士と大山 
久しぶりの晴れ。

当日9:30、尾張一宮の駅前から川島の学会会場まで送迎バスが出る。
9:27着の電車で行って間に合うか、前もって事務局に聞いたら大丈夫という。
電車が2分遅れて焦ったが、改札口に事務局の人が案内に立ってくれていて、小走りでバスに向かった。
しかし大型貸し切りバスはすでに学会参加者で満員、東京から来た人は多かったはずだが、この電車できたのは私だけ。
私だけを待っていた感じになり出発。
出発時刻は1,2分しか遅れていないはずだが、大そう道路が混んでいて、10時開始の学会には到底間に合いそうもない。
あたかも私のせいで全員遅刻になるようで、バスの中では文字通り肩身を狭くして隣の人と言葉も交わせなかった。
くすり博物館はただの展示場ではなく、本館、図書館、展示館の3棟に、立派な劇場型の大ホール、小ホール、多目的ホールなどもある。
本業と関係ないこういうものに金をかけるエーザイは、金持ちというより、オーナーの考え方が現れやすい会社ということだろう。
内藤記念財団による生命科学研究への多額の援助しかり。
他社が諦める認知症治療薬への執念しかり。
この日は市民開放講座もあるので臨時に座席を増やしている

特別講演でエーザイ執行役(ニューロロジー)木村禎治氏が
認知症治療薬の開発の歴史について話された。

しかし、ちょうど数日前にエーザイが驚きの記者発表をしている。
3月に効かなかったとして臨床試験を中止、株価が大暴落したアルツハイマー病薬アデュカヌマブが、データを解析しなおすと有効と分かり、来年早々に申請すると。

それに大きく触れる講演となった。

アデュカヌマブ(開発コード:BIIB037)は、Neurimmune社から導入、バイオジェンと共同開発していた、抗アミロイドAβ抗体。

この発表で(22日)、エーザイは株価が5534円からたった3日で8150円(25日)まで急騰した。
メガファーマ、医療関係者はじめ皆諦めていたのに(3月は株価9000円台から急落した)、この大逆転はなぜ起きたのか。

まさか、神経疾患と関係ない薬史学会でホットな話を聞けると思わなかった。



アルツハイマー病の薬は、エーザイのドネペジルなど、進行を遅くする対症療法的なものはあるが、原因に迫り治す薬はなかった。

1992年以来、遺伝子変異家系の解析から老人斑の構成タンパク、アミロイドAβが原因ではないかと推定され、2001年のアミロイドワクチンAN1792を皮切りに多くの抗アミロイド製剤が登場した。
しかしファイザー、ロシュ、ノバルティスなどことごとく失敗した。
抗体は0.1%しか脳に行かないし、結合しても神経を救える保証はない。
エーザイ・バイオジェン連合軍も、3月に抗体のアデュカヌマブを中止、アミロイド生成酵素BACE阻害薬エレンべセスタットも9月に開発中止に追い込まれていた。

アミロイド仮説は間違っていたのではないかと皆思っていたところだった。
この即位礼祝日まで。
 

アデュカヌマブは、ほとんど他者と同じ抗アミロイド抗体なのに何が違うのか?
中止になって復活したのはなぜか?

1.他社の開発品との違いは何か?
ーーエーザイは、アルツハイマー病治療薬には5Rが大事だと考えた。
Right Target アミロイドでも凝集度合いでいろいろある。どんなアミロイドを狙うか。
Right Population PETでアミロイドが沈着している患者のみ選抜。効きそうな患者だけ選ばないと優位差は出ない。
Right Dose 抗体はなかなか脳に入らない
Right Period 試験期間が短くても差は出ないし、長いと効いていたのも悪化して差がなくなる。
Right Scale 差が出やすい指標を工夫する。

2.今年の3月で効かなくて中止にしたのに、今回 なぜ差が出たか?
ーー3月は昨年12月までのデータだった。その後、臨床後期、高用量、長期観測の患者のデータがどんどん増えた。

3.今回申請したのはどういう自信か?
――結果解析で外部アドバイザーのほかにFDAの審査官も議論に入っている。
FDAが申請にアグリーしたということだ。

木村氏はもちろん責任者だから、このことは前から知っていただろう。
しかしエーザイの時価総額が1兆6千億からたった3日で8000億円も増えてしまうという情報は外に出せない。学会要旨の〆切は8月31日、今そう思って読むと我々よりAβ仮説に対し楽観的な感じ。
バイオジェンの記者発表は1時間半もあり記者、投資家との質疑応答が十分行われ、秘匿する事項もなくなったのか、口はなめらか、内情をいろいろ話してくださった。
4 ほかの開発品の状況はどうか?

BAN2401 p3 Aβは凝集して老人班になるが、凝集度合いはさまざまである。 他社の抗体はモノマーに対するものがほとんどだった。また大きな凝集体を除くと毛細血管が出血する恐れがある。そこで、小さすぎず大きすぎない可溶性Aβ凝集体を狙って抗体をつくった。アデュカヌマブが成功すれば、BAN2401もぐっと成功確率が高まるだろう。

E2814 P1準備中 リン酸化体が蓄積するタウに対する抗体。タウはAβとちがい細胞内タンパクであるから抗体は効かないといわれているが?
ーータウはプリオンのように凝集が伝播する。伝播するとき、いったん神経細胞の外に出るらしい。その時を狙う。

E2511 前臨床  Aβ抗体やタウ抗体で効かずに神経細胞が障害受け始めたときに効くことを目指す。すなわち、コリン神経のシナプス再生剤。低分子。

 
貴重書の書庫、いや宝庫

アルツハイマーの新薬は成功確率が4勝150敗。
4勝はエーザイのドネペジルやメマンチンなどだが、対症療法であり発症原因を抑えるものではないから、根本治療でない。
しかも、臨床開発は、診断に手がかかるため例数を集めるのが大変で、がんや糖尿病など他の疾患と比べると開発費用がけた違いにかかる。

よくもまあ、こんな疾患に手を出したものだ。
もちろん国内でやっているのはエーザイだけである。
手を出すどころか全力で。

これも内藤イズムだろうか。
お雇いCEOのメガファーマ、会議好き責任回避の日本企業、他社ならずっと早く撤退している。
話しは戻るが、エーザイの内藤記念くすり博物館所蔵品の質、量は素晴らしい。
例えば、大戦末期1944年12月に作られた国産ペニシリン碧素の初めてのロット、1.5リットルはペニシリン第一号とされる。150本のアンプルのうち現存するたった1本は、ここエーザイ博物館が持っている。(2019年9月、国立科学博物館で重要科学史資料の第276号に認定された)

 
解体新書は複写版を自由に触らせている

貴重な医薬関係の資料をもっている団体、個人は、自分で保管できなくなったとき、ここに寄付すれば大切にしてもらえるというコンセンサスができているようだ。

これだけの資料館を維持するのは大変だが、常勤の従業員(学芸員?)が9人いるらしい。
エーザイのイメージを大きく上げている。

座長もやり、ポスターも出し、

今回、エーザイのhhc(ヒューマンヘルスケア)活動なるものを知った。
全従業員が勤務時間の1%、患者と触れ合うというルール
年250日とすれば2.5日。半日を5回か。
特別講演の木村先生も認知症の患者と触れ合っていらっしゃる。

本来、製薬会社の研究者は、「人類の福祉に貢献する」などときれいごとを言っても、しょせん彼らはもっとも健康で、病気と患者から離れている。しかし直に向き合ったら、意識が変わるだろう。

内藤イズムすばらしい。
同族会社もいいものだ。
大正、大塚、同族会社は他にもあるが、エーザイが群を抜いて従業員の顔が誇らしげで幸せそうに見える。
もう少し株価が下がってくれたら、ぜひ買いたい。

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