2020年6月13日土曜日

上野公園8 屏風坂と両大師、開山堂

日曜、上野駅に行ったら新しい改札口ができていた。
3月20日から運用されているらしい。

2020-06-07

すっかり変わった駅前から両大師橋の方に行ってみる。

東京都公園緑地事務所、上野グリーンサロン前が抉られている。


国立科学博物館もこちらから見ると重厚さがないただのビル。

ラムダロケット用ランチャー
日蔭の建物裏に仮置きされているみたい。
恐竜の骨からこういうものまで狭い上野の一か所に集めるのは無理があるのではないか。


両大師橋

新幹線(地下)、京成はみえないが、電車好きにはたまらないスポット。

寛永寺が大きかったころ、ここは屏風坂があり、坂下の塔頭と結ばれていた。
(別ブログ、江戸の坂)

重文・寛永寺旧本坊表門
東叡山輪王寺という石柱が建つ。
山号がもとは寺のあった山を指したことを思えば、寛永寺と同じ東叡山というのは合理的である。

ここはもと寛永寺の伽藍の一つで慈眼堂あるいは開山堂と言った。
すなわち、天海(慈眼大師)を祀ったからだが、天海の尊敬する平安時代の良源(慈恵大師、元三大師)も祀ったから両大師堂ともいわれた。

代々皇族が日光山輪王寺と東叡山寛永寺の貫主を兼ねていたから、輪王寺宮は上野に住んだ。その生活の場は坂下の御隠殿であっただろうが、表の場所はここだったのだろうか。
嘉永4年 尾張屋版 国会図書館
屏風坂の上に慈眼堂が読める。

門はもと、西の本坊(いま国立博物館)のところにあった。
鉄格子のなかにスマホを入れて落ちないように撮影
奥に見えるのは寛永寺輪王殿。広い駐車場を備えた近代的斎場である。

西隣の門に両大師、開山堂の板が見える。
門の奥にあるはずの開山堂(輪王寺)は、上野戦争、第二次大戦にも残ったが、1989年焼失、1993年に再建された。

国立博物館と両大師堂の間の道。
ここは懐かしく思うほどよく歩いた記憶があるが、なぜだろう。

国立科学博物館
2013年Kさんと一度だけ入った。

入場制限をしている。
係員がやけに多い。彼らもみんな電車に乗ったりしているのだからフェイスシールドは大げさではないか?


林の中でくつろいでいる人々。
動物園はじめ施設に入れなくとも、やっぱり人が少ないと気持ちがいい。

ル・コルビュジエの良さはよくわからない。


コロナで踊る場所がないのか、文化会館のガラスを鏡に練習するグループあり。
安井誠一郎像
人が少ないせいか初めて気づいた。
内務官僚から都知事になった人だが、支持者がこういう公共の場所に政治家の銅像を建てていいものだろうか?

駅前に戻ってきた。
東京文化会館の前は南側のロータリーとなる。
なんと、上野駅の屋上が駐車場となり、新公園口と旧改札口の間に入り口ができていた。



2020-06-07
右が旧公園口改札

しかし何年もかけた上野公園整備工事は何だったのか?
ロータリー2つと駐車場を作ったことは、問題だと思った。
怒りの感情が湧いてきて、それは別ブログとして独立させた。

いま上野公園はコロナのおかげで公園らしくなっている。
もう、大量のインバウンド客を呼ぶのはやめてほしい。観光業者が努力するのは企業活動だから当然の権利だが、国と自治体が先頭に立つのはやめてほしい。「訪日客4000万人目標」なんて、国による観光資源の私物化、私的破壊である。
「おもてなし」も不要である。
税金を使ってあらゆる案内表示、地図を外国語併記するなど余計なことだ。
外国人旅行者は日本が好きな、言葉に苦労しても来たいという者だけ来ればよい。

2013年、3153の一階のイートインベーカリーで岩田君と朝食を食べたな。
この日覗いたらコンビニが入っていた。
観光地なんだから、それっぽい店が入ればいいのに。
ここは聚楽のあったころ、小さな店が雑居していて、地方から来た人が狭い迷路のような通路をぬって東京土産を買う場所だった。

 
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