2020年10月9日金曜日

竹下通りから表参道

10月4日、原宿、明治神宮に来た。(別ブログ)
旧駅舎の解体は始まったが、竹下通り改札口は昔のまま。
2920-10-04
といっても竹下通りに思いはない。
IKEAやユニクロなどできたが、雰囲気は変わっていない。

国土地理院公式サイトから
左上が神宮本殿、中央の十字が東郷神社

こうしてみると竹下通り入り口の下り坂は、山手線建設のため谷を埋めた土手の坂と分かる。

昭和40年の住居表示変更まで、一帯は渋谷区竹下町といった。
竹下通りの発展は私が上京した1975年、76年あたりから始まったらしい。竹の子族発祥が79年といわれる。
おそらく各店舗の寿命は短いだろうが、景色は不思議なほど変わっていない。

東郷神社入り口は、昔からクレープ店があったような気がする。
調べるとマリオンクレープは1976年公園通りのワゴンから出発、77年にまだ店舗の少なかった竹下通りに来たらしい。

はて、東郷神社に来たとき(最低3回)以外に竹下通りを歩いたことがあるだろうか?
記憶にない。

4回目?も東郷神社へバイパスし明治通りに出た。
明治通りの竹下通り出口

明治通りを南に進むと表参道にぶつかる。
2020-10-04
交差点に立つと、明治通りの先(渋谷側)にダイヤモンド社が見えた。

2007年、趣味でMiracle Medicinesの翻訳を始めたものの出版社が決まらず、焦っていたら年末にダイヤモンド社の岩佐さんの目に留まり12月28日、大勢が働く編集部を訪問した。

2008年になりゲラができてからスケジュールがタイトだったのだろうか、郵便でやり取りする時間がなく、3月と5月に2回、埼玉からダイヤモンド社にきて、会議室で手直しした。二回とも休日だったから裏通りに面した通用口から入った。岩佐さんは夜も休日も関係ない人で、書名「新薬誕生」が決まったのも夜中12時の電話でのやり取りだった。
2020-10-04
原稿チェックの合間に外に出ておしゃれなイタリアンレストランでランチをご馳走になった。原宿でランチしたのはこの時が最初で最後である。
すなわち、原宿駅に降りたのは、ダイヤモンド社訪問の2008年5月以来、12年ぶりということになる。

目を転じて南東の角は東急プラザ

表参道は青山通りと直行するから、どうも南北に走っているイメージがある。
しかし交差する明治通りも山手線と並行だから南北である。
地図を見れば、表参道は45度より東西方向に近い。
(冬至の朝日の登る方向?)

北東の角はラフォーレ原宿
若いころ、一回くらいは行ったことがあるかもしれない。
しかし中に何があるか、今でも知らない。

表参道を青山方面に歩く。

ここでモデルや芸能人がスカウトされるのか。
今はマスクをしているからかわいい子でも分からない。
不思議と西側よりこちらの方が人が多い。

その反対側を見るとキディランド。
こんな小さかったっけ。
40年近く昔、池田さんにプレゼントを買ったかもしれない。

表参道ヒルズ
安藤忠雄が昔住んでいた長屋をイメージしたというストーリーばかり有名だが、建物としてあまり面白くない。

この建物より同潤会アパートのほうが明らかに美しかった。
古い壁、古い石段、窓の下の植え込みの緑などがケヤキ並木と一体化していた。
今は周囲との一体感がない。
彼は「風景の再生」といっていたが、成功したとは思えない。

2020-10-04
かつては同潤会アパートが表参道の景色を作り、通りに魅力を与えていたが、表参道ヒルズは景色を作るどころか、表参道になければ見向きもされないだろう。
名声だけで設計依頼するとこうなる。

2020-10-04
ヒルズの一部に同潤会アパートと同じ壁面を作り、昔の景色を再現した一角、同潤館があった。表参道ヒルズ(2006年)ができてから一度くらい来ているが、前回気づかなかった。裏を通ってしまったのかな?

なおも歩き続けるとガラス張りのビルに行列ができていた。
中は人々がゆったりとくつろいでいた。
アップルのショールームのようだ。

アニヴェルセル表参道は結婚式場

青山通りに出た。
ここに初めて立ったのは、1975年5月、六大学野球を見に来たとき。

原宿、青山には縁のない人生を送ってきた。
ここを歩く大勢の人々は何しに来るのだろう?
店だけでなく、歩いている人のファッションを眺めるのだろうか。
おしゃれに関心がある人は顔も美しい。
それを眺めるために歩くのだろうか。

私なんか、表参道が文字通り神宮に向かう並木と、少しばかり浅草や善光寺のような土産物店と茶店が並んでいた方が楽しいが。


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