2026年10月25日日曜日

三島大社と水路と、大山祇神社

 10月4日、沼津を見物した後、隣の三島に来た。

江戸時代は三島大社の鳥居前町と東海道の箱根前の宿場町として栄えた。
しかし明治になって東海道線が通らなかった。取り残される恐れがあったため、町の有力者たちは1889年に北方に開通した東海道線(現・御殿場線)に、1898年新駅を設置してもらい、それを三島駅とし、南方の三島町駅から豆相鉄道線(現・伊豆箱根鉄道駿豆線)を延伸し接続するために努力した。

1934年に小田原、熱海経由の新線が三島にきて町の中心に(二代目)三島駅ができ、ようやく東海道における江戸期並みの地位に戻った。
そして新幹線の駅も沼津でなく三島となり、利便性はさらに上がった。
(しかし、静岡県東部の中心は相変わらず沼津である)
12:56
三島駅東海道線ホーム
新幹線は右の高いところ

12:58
三島駅 駅前広場
相変わらずどこもインバウンド客が多い。

三島は一度だけ来たことがある。
1990年11月、薬理部門の社内旅行で伊豆に来た。下田などをバスでまわって帰路三島から新幹線で帰ることになった。予定より早く三島に着いてしまったのか、待ち時間があり、喫茶店などに入るものもいたが、私は山本達郎氏を誘って、三島駅周辺を歩いた。
水量豊富な川だけ覚えている。
そこにいってみたい。
13:03
楽寿園
駅前広場のすぐ向こう側にある。
ふるくは浅間神社や愛染院などが立っていたが、1890年、小松宮彰仁親王(1846–1903)の別邸が造営された。戦後三島市の所有となった。
宮様の別邸のほか、小さな動物園や三島市郷土資料館などもあり、入場料300円は安いけれども、入らず。

街を歩きたい。
駅前から南東への坂を下りていく。
13:08
ゆうゆうホール
三島市民文化センターである。
通りに面した階段広場で弁当を食べたりおしゃべりしたりたむろしている。いい感じ。
ホールの裏は楽寿園である。
36年前に見た川を見たかった。
東のほうにいくとあった。
13:12
藤岡武雄については知識がない。

昔見た川はもっと大きかった。
地図を見たら上流に湧き水のところがあったのでいってみる。
13:15
菰池公園
記憶の水はここでもない。
下流に行く。
13:17
三島は海岸そばの沼津と違って内陸で、南に向かった斜面にあり、駅の南で水が湧いている。むかし富士が噴火して溶岩が流れてきたとき三島のあたりで止まった。それが冷えたとき、板状節理として内部に血管のように空間(ひび割れ)ができ、そこを富士の雨水が通ってここに顔を出すという。
13:18
白滝公園
水はきれいだが、36年前の記憶とは違う。
その景色を求めて川に沿った道を歩いていく。
13:20
鴨がいた。
13:21
太宰治の文学碑
流ればかり見ていたため、多くは気づかなかったが、グーグル地図を見れば、白滝公園から川沿いに、正岡子規、十返舎一九、松尾芭蕉、司馬遼太郎、若山牧水、窪田空穂、小出正吾、井上靖と文学碑があったらしい。
13:23
川に沿って歩いていたら三島大社にぶつかった。
13:25
伊豆国一宮 三嶋大社
西の鳥居
立派な本鳥居は南の旧東海道沿いに面しているが行かない。
伊豆国総社。旧社格は最高の官幣大社(65社あった)。
西の鳥居から入ると総門の前に出る。
13:27
総門
三島市制85周年記念、竜王戦第2局 10/22,23
という立て看板があった。
将棋のタイトル戦はホテルとか高級旅館のほかにも仁和寺とか羽田空港とかいろんなところで行われる。いろんなところというのは会場候補は無数にあるということで、それで選ばれるというのは、その会場に熱烈な将棋ファンがいて誘致合戦でもあったのだろうか。
13:27
神池
むこう岸に厳島神社の他に縄が回されたクスノキがあり、女性がお参りしていた。
った。
行くと女性とすれ違った。
13:29
大楠
13:30
神門
現在の祭神は、大山祇命(おおやまつみのみこと)と積羽八重事代主神(つみはやえことしろぬしのかみ)である。ただし事代主神のほうは江戸時代末期からで、もとは大山祇命だけだった。

大山祇命は伊勢原市の大山の山頂にある大山阿夫利神社の祭神でもある。阿夫利は雨降り(あふり)で古くから雨乞い・五穀豊穣のご利益があるとされた(大山信仰)。大山は相模のふもとから見て大きな山容から言うのかと思ったが、大山祇命が由来かもしれない。

しかし、なんといっても大山祇命といえば伊予、大三島の大山祇神社である。
以前飛鳥IIでそばを通ったときのブログに書いたが、ここも瀬戸内に浮かぶ島なのに伊予の国一之宮、旧社格は国幣大社である。主祭神の大山祇命は大山積神、あるいは「三島大明神」とも称された。伊予の大三島は周りの島の名前からみて大きな御島からきたのかもしれない。では伊豆の三島は伊予の大三島からきているのではないかと考えるのは自然である。

伊豆の三島は伊豆諸島の美称、御島からきているとされ、祭神も伊豆諸島の開拓神であるとしている。しかし鎌倉時代から伊豆の三島は伊予の三島社を由来としているとされてきて、神社名、祭神名の一致からこちらのほうが正しいように思える。もちろん今の三島の地名は三島大社あるいは三島神から来たものだろう。
13:31
舞殿
本殿は工事中だった。

13:33
天然記念物・金木犀。
樹齢1200年というが、はて、千駄木で伐採した金木犀のほうが大きかった。
と思ったら、左の木は原木の新芽を苗木とした後継樹で、本体は正面奥の枯れた骨のような細い老木だった。根元が3つに分かれていて、しめ縄が張ってある。しかし木は樹齢ではなく、絶対的な太さ大きさがないと、崇拝されないと思った。
13:34
「白蛇革財布ございます」
13:35
白蛇は色素を作れない突然変異体だから群生することはありうる。三島大社あるいは三島にも岩国のようにアルビノの群生地があるか、養殖でもしているのかと思ったが、そうでもないようで、皮はどこかから持ってくるようだ。大山信仰で分かるように雨降り=水の神として蛇が使いとされ、白いという貴重性から金運アップとかの文句をつけて財布にされたのだろう。
13:47
三島駅に戻ってきた。
それにしても隣の沼津駅との違いが甚だしい。
向こうは2階建てビルの橋上駅だったのに対し、こちらは三島大社のような平屋である。駅前広場の景色も全然違う。
沼津は城下町をもとに明治22年、駅ができたが、三島の場合、駅ができたのは丹那トンネルが開通して新線ができた昭和9年(1934)である。それまで豆相鉄道が唯一の路線で、その沿線で町が発展した。

三島は沼津と市街地がつながっている。静岡、浜松は政令指定都市になり、3番目の沼津も静岡県東部の中心地として政令指定都市を目指したい。それには三島、御殿場、裾野、また伊豆方面の市町村などとの合併が不可欠で、とくに沼津と三島が中心となる。
沼津の人口18.6万に対し三島は人口10.5万だが、沼津は合併を繰り返して大きくなったのに対し、三島はそれほどでなく、市街地はまとまっている。
三島は新幹線の駅と伊豆箱根鉄道の起点があり交通の要衝であるのに対し、沼津は県の東部出張事務所がある。まるで大宮と浦和のようで、これは合併しないだろう。両市とも人口は減少傾向にあり、政令指定都市は難しい。

それにしても36年前の川を探しに行ったが、見つからなかった。
楽寿園の南の宮さんの川、あるいは源兵衛川かもしれない。
しかしまた歩く元気はなく、来た電車に乗った。
14:02
丹那トンネル走行中。
地上に出たら熱海である。

関連ブログ

(この日の足跡)
(大三島神社のこと)

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