2018年2月18日日曜日

第54 病気の牛の肉は食べられるか?

「平成口蹄疫と明治の結核牛」というタイトルでファルマシアにコラムを書いたのは、2010年5月頃で、9月1日号に掲載された。

もうすっかり忘れてしまったが、2010年の春から夏にかけて、宮崎県南部を中心に口蹄疫が大流行した。 今あらためてWikiを見ると、すさまじい事件だった。

3月頃発生し、7月4日の終息確認まで、(健康家畜まで含めて)29万7,808頭を殺処分。全26市町村のうち5市6町におよび、発生農場数292、牛の殺処分頭数6万8,266頭(県全体の22%)、豚の殺処分頭数22万34頭(県全体の24%)、ヤギや猪などその他343頭、自衛隊が動員され、埋却地251箇所(面積は約142万m²)、中止されたイベントは226、封鎖された施設は約400施設。

鳩山内閣の赤松農林大臣が外遊(国費による海外旅行)をキャンセルせずに行って批判されたり、農相代理の福島みずほが何もできなかったり、東国原知事が連日危機を訴えていたりしたのだが、今どれだけの人が覚えているだろう?

さて、その最中に私が明治時代の薬学雑誌から記事を見つけてきて書いたエッセイである。
「平成口蹄疫と明治の結核牛」
薬学雑誌 1904年度 236頁,327頁から

神戸牛が有名なのは味ではなくて,明治初めに外国人が多く,圧倒的な生産量を誇っていたからだ.
ちなみに兵庫県で明治36年の1年間に屠殺したのは
牛 21,216頭,
馬 170,
羊 889,
豚 3817,
以上、計26,092頭。

当時はまだ薬学会も有機化学が盛んでなく、むしろ衛生、裁判化学などが研究対象だったから薬学雑誌にはこういう記事も多い。

この年,畜牛結核予防法が施行され,11月,神戸市では1ヶ月かけてツベルクリンによる初めての結核検査をした.その結果,1005頭中,
 健牛595,
 病牛376,
 疑似66,
 猶予59.
驚くべき高率である.
ヒト型結核菌とウシ型結核菌は,人畜共に感染するから口蹄疫より怖い.しかし,薬誌の認識は「若し家畜結核菌が人類に病毒を伝ふるものとすれば厳密なる取締を要すべきものとす」という程度だった.

この後どうしたか? 
今なら全1005頭を殺廃棄だが、病牛だけでも処分しただろうか? 
処分や騒動の記事は見つからない。そもそも牛結核は突然発生したものではないから,少なくともこの年までは結核牛を普通に食べていたわけだ。
このあとも具体的対処法が通達されるまでは,衰弱牛でもない限り流通していたのではあるまいか。

その代わり,兵庫県はこの検査の結果から牛乳の規制に乗り出した.
健牛と結核牛の乳汁を混ぜて売るだろうから、消毒したものに非ざれば販売してはいけないとする.しかし加熱滅菌すると不快臭が生じたらしく外国人などから苦情が出た.それに対し,薬誌翌月号は,「当局が規則を改正し,従来の飲食品の性質を改むるには,一般需要者をして満足を与ふることを肝要なりとす」と,これまた長閑である.

一方,平成口蹄疫の対処法はすさまじい.
しかし感染力は強いといっても大抵回復する。ましてやヒトにはうつらないという.つまり、症状自体の怖さと感染防止の厳格さとは、別問題なのだ。あの厳しさは「清浄国」へのこだわり(とそのための法令順守)による.
しかし周辺に非清浄国があるのだから,また発生するだろう.そのたびに半径10km以内の健康家畜を大殺戮して埋めていいのだろうか.
経済的にも動物倫理的にも異常である.

口蹄疫を国際協約や国内法の対象疾患からはずすことは不可能だろうか.明治の鈍感さは問題だが,発生しても健康牛豚なら食べるという常識が生きる対策はないものか.
・・・・

以上が8年前のエッセイである。

その後の8年で追加するとすれば、
2015年ごろの「新潮45」で連載されていた、『わたくし大阪』である。被差別部落で生まれた上原義広が、自分の父親が食肉卸売業で成功していく様子を描いた小説?ノンフィクション?である。
その中で若いころの父親が闇で手に入れた病牛を夜明け前の河原に引っ張り出して密かに殺し、まだ熱い内臓を手で取り出す場面がある。生臭い血の臭いにむせそうになるほどの臨場感。問題はこの肉が、大阪の安いホルモン酒場で飛ぶように売れるのだ。
おそらくたいていの病牛、病死の肉でも食べて大丈夫なのだろう。
しかし病牛はやはり、食べられない。
法律上の問題もあるが、気分の問題が大きい。

しかし、健康な家畜なら、口蹄疫が近くで発生していても(杓子定規に埋めるのではなく)何とか食べてほしかった。
国は全て買い上げ、「宮崎産、健康牛」と表示し半額で売る。口蹄疫から回復したものは7割引きで売る。私は積極的に買う。供給過剰で他産地に迷惑がかからないよう、価格調査と冷凍設備の確保は必要だろう。そして国民がいつもより肉を多めに食べて宮崎を応援すべきでなかったか?
昔、厚生大臣がカイワレ大根を食べてアピールしたではないか。

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