2018年4月4日水曜日

ウルイと奥信濃の常慶院

今年も庭にウルイ(オオバギボウシ)が出てきた。
茹でて食べると苦くて美味しい。
2018-04-04
信州で子どものころから見てきた草だが、実は、食べられるとはつい最近まで知らなかった。
食べるきっかけになったのは、3年前、信越国境の豪雪で有名な栄村に行ったこと。
2015-05-05
弟の車で、飯山、野沢を越え、千曲川に沿って下水内郡栄村まで行った。

5月は二人でよく奥信濃の山をドライブする。
車窓から中野よりもだいぶ遅いコゴミの群落を見ながら、さらに奥に行くと突然人家があったりする。日陰には雪が残るも、菜の花が咲き、田仕事が始まっている。道中何キロも走ってきて商店も何もなかった過疎の中でも、こいのぼりが高く上がっているとなぜか、嬉しい気持ちになる。

この年の目的地は曹洞宗金華山常慶院。
栄村箕作にある古刹。NHKテレビ大晦日「ゆく年くる年」に何回も登場しているらしい。
この写真だけ栄村HPから拝借

2015-05-05
山門の細工もみごと。
こんな雪深い、家も少ない田舎になぜかくも立派な寺があるのか?

野沢温泉村の奥の市川地区という地名に残る市川氏が鎌倉時代に開いたという。市川氏は越後の上杉氏に従い会津に移り、いまは地元の信者たちが守っている。
昔は平野よりも斜面の方が稲作が容易だったし、この辺りは米どころ南魚沼郡と隣接していて同じ気候である。さらにかつては千曲の水運も盛んだった。今よりずっと豊かな土地だったのかもしれない。


本堂も大きい。5月というのに、雪が残っていた。

中野に帰る途中、飯山で弟の義父(妻の父親)の実家に寄った。
過疎地の中の過疎地である。
彼らは若いころ豊野に出てしまい、残った彼らの親たちが亡くなった後は無人になっている。
積もった雪の横からの圧力で窓ガラスが割れないように、横に板を渡してあるが、その板も冬を越すたび朽ちていく。
2015-05-05

土蔵の土台は立派な石垣。
こんな山のほうで、どうやって石を運び、積んだのだろう?
ここらの家はみな、石垣で囲まれた湧き水の池が周囲にある。
魚を飼うのでなく、もちろん堀でもない。
冬の間、屋根から降ろした雪を溶かすためである。

さて、ウルイである。
その義妹の父の親戚の家も近くにあるのだが、弟は結婚式の時に挨拶しただけで、名前が思い出せなかった。それでも西大滝のエノキの家と覚えていて、人に聞くと分かった。

その人は横浜に住んでいたのだが、定年退職して実家に戻ったようだ。
奥さん含め家族は横浜から動かないらしい。
読書と畑仕事で暮らしている。

2015-05-05
その彼が「何もあげるものがないなぁ。ウルイでも持っていくかい?」
と石垣の上に自生していた緑の葉っぱを鎌で取ってくれた。

これは岩船あたりでもゲーロッパ(蛙の葉っぱという意味)といってよく生えている。
食べられるとは私も弟も初めて知った。
茹でると苦く適度にぬめりもあって旨い。

千駄木に戻ると、ほぼ同じものが庭にも生えていた。
有毒のバイケイソウと似ているから慎重に観察。
http://www.tokyo-eiken.go.jp/assets/plant/oobagibousi.htm
夏の花も確認して、95%オオバギボウシだろうと、翌年の春、恐る恐る食べた。
大丈夫だった。

2018-04-04
ウルイは野草だから病害虫に強く、しかも日陰でも育つ。
冬の間に株分けしたから、あちこちに生えている。
しかし白菜・野沢菜・大根と、春先は野菜が一杯とれるから、食べたのは2016年だけである。
今年はどうしようかな。



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