2021年12月14日火曜日

谷中墓地12 寛永寺新規墓地は40年前の幻、徳川夫人墓地だった

都心4都営霊園の一つ、谷中墓地は染井、雑司ヶ谷、青山と違って、近年急速に変わっている。中に都営ではない寛永寺墓地があるからだ。

上野桜木のほうから入り、渋沢家墓所を越え、寛永寺墓地管理事務所と阿部家墓所の間をゆくと青山胤通の墓にぶつかるが、そこを曲がると一気に視界が開ける。
2021‐10‐24 11:47
徳川田安家墓所(写真奥、左の森)と青山胤通墓所(右、手前)の間


これからびっしり墓石が並ぶのだろう。

4年前にも開発中の寛永寺墓地についてブログを書いた。
それからさらに進んでいる。

谷中墓地に初めて来たのはいつだろう?
1978年1月、大学3年の終わりに本駒込から谷中に引っ越した。
しかし当時は散歩する趣味もなかった。墓地に隣接する日暮里駅をたまに使うことはあっても、六阿弥陀道と七面坂を通ったから、墓地の北縁を素通りしただけだった。

近道を探そうとしたのか、気まぐれで中に入ったのは、三年間で二、三度しかなかったのではないか?
1980年に谷中を去って埼玉に住んでからは一度だけ、1992年正月に安藤英広氏と皇居一般参賀の帰り、この墓地まで歩いてきたことがある。

それらのいつだったか分からないが、墓地の中で迷った。
出口を探しているうちに、古い大きな石塔がいくつも並ぶ場所に出た。
倒れている塔もあり、桐の木があって草がぼうぼうに生えていた。
夕方で、誰もいなくて、ちょっと不気味な場所だった。

その後、2000年、2001年ころから日暮里サニーホールのダンスパーティに来るようになった。懐かしくて2,3度、墓地を歩いた。時間つぶしの5分、10分だから、全部歩いたわけではなく、その廃墟のような一画は見つからなかった。

さらに10年後、千駄木で家を探し、引っ越してからも何回か墓地を歩いた。
2013年はカラスに頭を直撃された。
そして、ほぼ墓地全体が頭に入ったとき、あの不思議な場所はどこにもないことが分かった。

となると40年前見た(と思う)あの光景は何だったのだろう?
荒涼とした石塔群は夢だったのだろうか?

今回、ふと、国土地理院のホームページに各年代の航空写真があることに気が付いた。
あれが夢だったかどうか、これで分かる。
2019‐08‐08 最新の墓地写真
中央十字は小さくなった渋沢家墓地
その上に阿部家墓地がある。
その右上に広がる寛永寺墓地は、駐車場、分譲済み墓地、更地となっている。
2017‐08‐25
このころ寛永寺新規墓地についてブログに書いた

2014
寛永寺分譲予定地はまだ草の生えた空き地になっている。

2009‐04‐28
渋沢家墓は縮小前で樹木に覆われている。
分譲予定地は土の更地。
ここではっとした。
よく見れば、更地の端に集められているのは古い墓石ではないか?
それら墓石は2014年にも放置されている。

さらにその20年前をみて確信する。
 1989-10-20
今駐車場や更地になっている寛永寺墓地は、大木に覆われている。
ここだ!
私が見た夢のような廃墟の墓所は、寛永寺墓地だったのだ。
阿部家墓地の道を挟んだ隣。いまの田安家墓所の並びである。
幻でも記憶違いでもなかった。
あの石塔の古さ、大きさ、寛永寺墓地ということからして徳川家のゆかりの墓所だろう。

ネットで調べたら、上谷桜池氏のHPにたどり着いた。
大変優れたサイトで、以下のように書かれている。

御台所様墓地(みだいどころさまぼち)/徳川御婦人墓地/徳川妻妾墓地

    谷中霊園の中で最大の墓域であり、敷地、2,000坪に及ぶ石囲(石塀)の中にある。正式な名称ではないようだ。現在発掘調査および整備工事のため見学はできない。下記は、工事前の状態であるので、工事後には全てなくなって、長昌院墓地跡に移設される予定。


いつ書かれたものか不明だが、発掘調査、整備工事中だったという。
それが終わって更地になったわけだ。
現存する田安家墓地と比べてその大きさが分かる。
(比べなくとも今分譲中の寛永寺墓地・徳川浄苑の広さをみればよい)

1979-11-14
1979年はまさに私が谷中にいたころである。
もう自分の頭の中にしかない、あの光景がひどく懐かしい。

2021‐10‐24 徳川浄苑入り口

墓地は景色が変わりにくいというが、40年ですっかり変わった。
ちなみにグーグルのストリートビューは、この場所まで来ている。
1980年の景色が記録されていないのが残念である。

江戸期徳川家の妻妾や、夭逝子女の墓などを守る子孫、縁者もいないだろう。
だから管理していた寛永寺が土地資産として、整地し売り出すことも、わからなくはない。
しかしだからといってすべて破却したというのは、なんとも寂しい。


2021‐10‐24
新たにできた墓地の入り口には販売事務所があり、幟が立ち人が詰めていた。
1メートル四方、こたつ程度の広さでも500万近くする。6.6平米だと2000万円。
郊外なら土地付き中古住宅66平米は2000万で買える。
つまり墓は土地の10倍の価格でも売れるということだ。
それに目をつけ寺や業者が土地を買って開発したら日本は墓地だらけになる。
いくら高くしても買う人は買う。
金持ちが死ぬとき、子孫よりも墓に残したい人はいくらでもいるだろう。

もう新規墓地の建設、分譲は許可しないほうがいいのではないか?
都会のお寺の新規分譲墓は座布団程度になっている。
樹木葬も見に行けば塀ぎりぎりの箱庭のような狭いスペースだったりする。
都営霊園 第5立体埋蔵施設
後ろの緑のフェンスは旧渋沢栄一墓所の公園工事

立体埋蔵施設も谷中は競争率が高そうだ。
私は死んだら散骨してもらい、サイドボードの上の小さな写真だけでいいと思う。
そのうち本棚で忘れられたアルバムだけになっても文句は言わない(言えないけど)。

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