2017年9月11日月曜日

第35 日本海軍「衛生酒」に関する研究

薬学雑誌 1903年度560頁,688頁

「衛生」とあっても薬用養命酒ではない.
消毒用アルコールの話でもない.

当時各国海軍は,兵員の食卓に少量の火酒を供していたが(英・ラム,露・ブランデー,仏・タフィア,コニャック),日本海軍では式日祝日に少量の日本酒が出るだけで,普段の食卓酒はなかった.
しかし,海上勤務,演習で非常の労働をしたとき,或いは気温氷点下になったときなどには「衛生酒」というものが振舞われた.

明治36年のころは日本酒なら6勺 (108cc),ラム,ジン,泡盛,焼酎なら2勺.ここから1つを選んだ(海軍糧食経理規程第4条).
配給量はアルコール度数で決められたと推定されるが,著者は,その根拠があいまいだと指摘する.
そして「未だ実験をなしたるものあるを聞かず」と各蒸留酒につき4-6銘柄を集め,薬学的分析を試み,前編後編にわたる大論文に仕上げた.

アルコール分は,試料75ccに水同量加え蒸留液75ccを取り比重を測って決定.遊離酸はフェノールフタレインとアルカリ溶液で滴定.他に揮発酸,エキス,灰分,総エステル量(鹸化数),揮発エステル,糖(アルリーン氏法),フルフロール(アニリン・塩酸で着色し目で標準試料液と比較),総アルデヒド(亜硫酸Na反応後でんぷん存在下に沃度液で滴定),フーゼル油(定性試験3種のあと定量はクロロホルムに試料と硫酸を添加,下層の僅かな増加を測った).

当時は日本酒しか知らない読者が多かったのだろうか,論文には上記4蒸留酒の親切な解説もあり,性状,製法に多くのページを割いている.

焼酎は10貫目の芋由来酒粕から3升とると酒精分が44%になる.鹿児島では甘藷を500万貫も使うも県下消費量に追いつかなかった.松脂の香付きたるはジンと称しホルランド(蘭)の名産でありしが,近来はロンドンジンが最良という.ラムは中南米では甘蔗,独では蕪を使う.英独では酒精に焼化糖で着色,エステルで香をつけた人工ラムも作られていた。

なお,軍の治療薬品には,意識不明者の気付け目的に武蘭垤酒があった.
採用されていたのはJa’s Hennessy & Co. Cognacであり,1ビン2円60銭もするので(薬学会の年会費が2円),著者は甲斐などで生産が始まった国産ブランデーを使えないかと実験分析,結論は「香味やや劣ると雖も国家経済上,変更すること必要なるべし」
と。

1903年と言えば、北方ロシアとの戦争避けがたく、陸海軍とも寒地での訓練に力を入れていたころである。


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