2019年8月14日水曜日

いまの薬剤師国家試験はおかしい

明治31年の薬学雑誌を見ていて、当時の薬剤師国家試験問題をみつけた。
6月10,11日、麹町区永楽町二丁目で行われた。
いまの東京駅の場所に医師国家試験のための永楽病院というものがあった。
大学を出ていない医師志願者のために臨床での実地試験をする国の施設。
薬剤師の試験もここだった。

その二日間行われた試験問題を示すと

物理学
1.一秒時中40メートルを進行し得へき速を与へて物体を上方に向て擲射せしに六秒時を経て地上に落下セリ。各秒時中に経過せし距離は如何。
2.マリヲット氏の定律及び其の確証法を問ふ。

化学
1.アツオー化合体の通性
2.鉄に如何なる種類あるや。その名称並びに性質を記せよ

生薬学
1.加麻刺
2.黄連

植物学
1.葉は植物の生理上如何なる官能を有するや
2.百合科と鳶尾科の区別如何

製薬化学
1.次亜燐酸加爾叟謨の製法、性状、検査法
2.乳酸の製法、性状、検査法

受験者 111人
途中退場 7人
わずか12人が合格し、6/16-18の三日間行われた実地試験に進んだ。

大阪でも6/2,3の二日間、学科試験があり
こちらは88人受験、10人途中退場、

物理
1.物の重さは地球面上至る所同一なりや
2.熱に対する水の特異性

化学
1.不変比例の律測
2.脂肪体に属する有機酸にして二つの炭酸基を有する酸五つ以上の名称ならびに構造を記せ
(以下略)

合格者28人が6/7~6/12のなんと6日間の実地試験に進んだ。

どうだろう?
これで二日間ということは、1問1時間くらい考えさせるのだろうか?
1時間かけても分からない者は分からない。
それにしては途中退出が少ない。

数日行われる実地試験は書ききれないので写真のみ。


彼らの親、師匠は寺子屋で読み書きそろばん、学問とは四書五経の素読だった。そのわずか1世代あとである。
そんな時代、この難関の試験に合格して薬剤師になれるものは、物理の問題に見られる通り、薬学というより自然科学全般に優れていなくてはならない。
もちろん地方のものは都会に出て塾で学んだであろうが、そうとう地頭が優秀だっと思われる。だから尊敬されたのである。街の薬局にいた白衣の人々は名実ともに尊敬されたであろう。

一方今はどうか?
現在の国家試験に合格する薬剤師は尊敬されるであろうか?
国家試験は何をみているか?

例えば第104回(2019年度)の薬理でみてみる。
問30 主に電位依存性 Na+チャネルを遮断することで抗てんかん作用を示すのはどれか。
1 エトスクシミド
2 ジアゼパム
3 ラモトリギン
4 ガバペンチン
5 フェノバルビタール

問31 Ca2+チャネルを遮断することで抗不整脈作用を示すのはどれか。
1 アテノロール
2 フレカイニド
3 リドカイン
4 ソタロール
5 ベラパミル

問33 モサプリドによる消化管運動亢進の作用機序はどれか。
1 セロトニン 5−HT3 受容体遮断
2 セロトニン 5−HT4 受容体刺激
3 オピオイドµ受容体刺激
4 アセチルコリンエステラーゼ阻害
5 ムスカリン性アセチルコリンM3受容体刺激

問34 カモスタットの急性膵炎治療効果に関わる作用機序はどれか。
1 H+,K+−ATPase阻害
2 セロトニン5−HT3受容体遮断
3 ヒスタミン H2受容体遮断
4 タンパク質分解酵素阻害
5 シクロオキシゲナーゼ阻害

これらは、
・必須問題、
・理論問題、
・実践問題
のうち、必須問題として出題された。
つまり、全員出来なくてはいけないとされる。

まあ6年も勉強したのだから普通の学生なら自然と覚えてしまうだろうが、今の薬科大は相当学力の低い学生もいる。

子どもが減っているのに薬科大は増えた。
2001年(H13)は46大学で入学定員8700人程度だった(2005年の卒業生数)
ところが規制緩和のわずか7年で
2008年(H20)、73大学で入学定員13494人(うち6年制12170人)に激増した。

彼らは、勉強とは、まじめに暗記することだと思っている。
薬科大のほうも定期試験の他に実力試験だの模擬試験だの熱心にテストをする。
だから学生は年がら年中一夜漬けばかりしている。

そして、おびただしい量の薬の名前を覚えていく。
しかし明治時代と比べて、彼らは市民に尊敬されているだろうか?

明治時代は薬がなかったのだから比較してはいけないのだが、しかし薬の名前をたくさん知っていることがどのくらい重要だろう?

毎年多数の新薬が市場に出て、そのぶん古い薬は使われなくなっていく。
つまり大学では習っていない新しい薬が一生に渡ってつねに出てくる。
しかし彼らはとくに苦労することもなく、薬剤師を続けている。

ということは、薬をあまり厳密に知らなくとも、業務に困らないのだ。
処方箋で初めて見る薬でも、とりあえず正確な数量だけ棚から出し、箱に書かれた説明をそのまま患者にすればよい。
もし気になることがあれば、スマホで調べたり同僚に聞けばよい。
二回目、三回目とこの薬が出てくれば自然と覚えるだろう。

つまり、国家試験であんなに薬を暗記しなくても良いと思うのだ。

薬剤師の能力で業務上重要なことは何だろう?
患者に対する思いやり、なんてのは別問題である。

一番重要なのは、先ほど述べたが、新薬や新しい問題にぶつかった時の
1.スマホで調べる調査能力
2.同僚に聞く能力、教える能力
だと思う。

1に関しては、検索と理解にはやはりサイエンスの基礎学力がいる。それから英語。
2に関しては、同僚と議論する上での論理的思考力(国語、簡単な数学)と、一般教養、サイエンス。読書も必要。

である。
決して薬の名前を覚えることではない。

いかに今の国家試験問題がおかしいか分かるだろう。
(明治の試験問題は直接この能力を見るものではないが、二日間であの問題を考え続け、3日間の実地試験に合格するなら、能力の高さを証明している)

・・・・
さらに問題は6年制となった薬学教育にもある。
増えた二年間を、英語を含めた自然科学中心の従来の科目、つまりサイエンスを深く学ばせればいいものを、ヒューマニズム関連科目、長期の実務実習を中心に即戦力の臨床系薬剤師を目指すとしてしまった。
二年間の延長を国に認めさせるためには今までの4年制では教育してこなかった新しい科目を取り上げるしかなかったのだろうか。

しかしヒューマニズムは大学の講義と試験で教えられるものだろうか?
家庭環境、友人環境、クラブ活動、アルバイト、ボランチア、挫折や成功、で一人一人が、喜怒哀楽とともに学んでいくものだと思う。

実務実習も必要ないだろう。
処方箋に書いてあるものを棚から選ぶなら患者でもできる。
それ以上のことなら就職してからのOJTでよい。

本来、増えた二年間は、医師に負けないくらいサイエンスを学べばよかったのだ。従来科目中心のカリキュラムでは二年延長を認められないというなら、国語や英語でも増やせば、まだましだった。

たとえば妊娠、酵素、阻害などは漢字で書かねば患者に馬鹿にされるだろう。
従来薬科大に来るような学生は高校以前に書けたはずだが、少子化、薬科大激増で、試験にひらがなで書く学生も入ってくる。しかし今は書けなくても国家試験に受かってしまう。

厚労省は質の維持から薬剤師国家試験合格者を8000人からあまり増やしたくないのだろう。思惑通り、国家試験が従来より格段に細かく難しくなったが、おかしな方向に難しくした。

しかし本来は国語、英語をくわえ、基礎科学で難しくするべきだと思う。
医師はもちろん、患者だって自分のもらう薬の名前くらいネットで調べて知っている。彼らの知らないことを知っているようでなければ尊敬されない。
入学時の学力が低くても6年間基礎科学を学ばせれば、医師と議論できるようになるだろう。

「秒速40メートルで物を上に投げたら6秒後に戻ってきた。1,2,3,4,5秒後の高さはいくらか? 」
今、これが解ける薬科大卒業生は何人いるか?
この合格者の中から3日間の実技試験を行って選別したのである。
繰り返すが、薬の名前なんて患者も医師も知っている。ど忘れしたら同僚に聞けばいい。

別ブログ: 薬学昔々第31話 永楽病院のこと

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