服用率85%は何の意味もない。
販売停止以後のスモン発生の激減についても反論がある。
こうした疫学的調査だけではキノホルム犯人説が弱いことを前回までに述べた。
キノホルム犯人説に傾くスモン協議会もそのことは承知しており、動物実験に向かう。
キノホルム部会の部会長に就任した江頭は、(このシリーズは敬称略)
「キノホルムを経口投与することによって、実験動物に、できれば二種以上の動物にスモン患者の定型的病変にできるだけ近い病変を起こさせることが急がれた」との項目を重点目標の1番に上げた。
(グリーンブック・No9(序)、文献1・p59、p64)
まだ仮説であるのに結論が決まっていて、そこに向かって「急がれた」のである。
本来仮説を定説にするには、反論にきちんと答えてサイエンスで封じ込めなくてはならないのに、それらをスルーして何でもいいから補強したかった。
スモン患者の服用量は1日0.6~2グラムであり、最大2グラム、20日として総投与量40グラム。
前回述べたように、総投与量40グラム以下のスモン患者は672人中421人、69%である。
動物実験するなら体重あたりの投与量を合わせなくてはならない。50キロの人で2グラムなら40 mg/kgを20日間ということである。
岡山大小坂教授らはラットに60mg/kg/dayで1か月飼育したが異常が認められないことを報告した。
実験は多数行われたが、ヒトと同じ投与量あるいはその2倍、3倍を連続長期投与しても期待するスモン症状(消化器症状、運動神経麻痺など)が起きなかった。そこで大量投与すると症状が出る前に動物は死んでしまった。誰がやっても同じ結果だった。
普通なら(なにも「意志・願望」のない中立の研究なら)ここでスモン症状なし、で終わりである。
ところが、スモン協議会ではスモン症状を出すことが「目的」になっていた。
崇高な目的のためなら手段は選ばない。
9回出なくても運よく1回でも出ればいいのである。
岡山大の大月、奥村らはキノホルムを滞留させ少しでも吸収をあげるようブスコパンでイヌを便秘にしてキノホルムを投与した。一度に大量に与えると死んでしまうので漸増投与にしている(グリーンブックNo2,p29)。
東大神経内科の豊倉、井形らは経口で毒性が出ないことから静脈投与にした。ウサギに30mg/kgという高用量で「2~4週間後に下肢麻痺を含む神経症状を効率に発症させることに成功した」という、意味がない結果を堂々と発表した。(グリーンブックNo2. p166)
砂糖だって塩だって静注したら毒である。飲んだら無害の塩化カリウムは静注したら少量でも心停止する。
江頭らはキノホルム単独ではスモン症状を再現できないことから、農薬も影響しているのではないかという仮説を立てた。ハムスターに4種の農薬についてLD50の5分の1の量を2か月与え、そのあと農薬と同時にキノホルム500mg/kgを毎日1か月与えたが、なんの異常もなかった。(グリーンブックNo4 .p190)
そこでキノホルム派は漸増投与という名案?を採用していく。
一度に大量投与すると死んでしまうから、死なない量から始め、少しずつ慣らすようにして長期にわたって投与し、最終的に大量を入れるのである。
LD50を超えても死なないようにさせて異常が出るまで投与量を増やすことは意味がない。そんなことをしたら今使われているすべての医薬品は何らかの作用が出るであろう。
上田らは農薬と併用でマウスにキノホルムを90㎎/kg与えはじめ、150mg/kgまで増やしても3か月まで何も影響なし、しかし19週目(350㎎)、400㎎/kg(20週目)で後ろ脚の麻痺が出たという(グリーンブックNo9)。しかしヒトに換算すれば17グラム、20グラムを毎日飲まされればおかしくもなるだろう。
江頭らのウズラの実験ではヒトに換算すれば1日20グラムを2週間、その後30グラムに増やして4週目からは40グラム、5週目から60グラム、6週目から80グラム、8週目から120グラム、10週目から150グラム。。。。
ちなみに経口での体重あたり半数致死量LD50 (グラム/kg)はウィキペディアにある。(ただしマウス?)
食塩 3.0~3.5
ビタミンC 12
エタノール 5~14
砂糖 15~36
水 86~360
50キログラムの人間なら食塩で150~175グラム。これは副作用ではなく致死量である。しかもたった1回飲んで胃に入れたら半数死んでしまうのである。
キノホルムでは毎日飲んでも死なないのだから、一般的には毒性が低い物質と言える。
大月、立石らはイヌ(21匹中13匹)、ネコ(27匹中6匹)に対し神経症状を起こせたという。長期にわたる漸増投与100~150 mg/kgであり、ヒトの20~40mg/kgの2.5~7.5倍だからマウス、ラットより低用量と言える。ただしイヌ、ネコのLD50は知られていない。
長期大量投与はえさに混ぜて与えることが多い。イヌはキノホルムを高濃度に含む餌を嫌い、あまり食べないらしい。1か月投与して歩けなくなったという犬が栄養失調ではなかったとどうして言えるか?
(某教授が長期大量投与し、痩せて立てなくなったイヌを見て、下半身まひのスモン症状が出たと喜び8ミリフィルムを回した。しかし飼育員が「先生、これは栄養失調ですよ」といって栄養剤を与えた。すると歩けるようになり、それを見た某教授はこれはスモンの治療薬になるかもしれないといったそうだ。これには周囲の助手、研究員も驚き、インチキだともいえず「先生、雑犬二匹ではデータが少ないのでおやめになったら」と言って、発表は免れたという(文献1、p261))
「薬害スモン全史」第一巻グラビアページから
キノホルム長期大量投与でよたよた歩くイヌ
有名な写真だが、たんに瀕死の犬を引きずっているように見えてしまう。それは、当時は今の韓国の、事実を無視した反日キャンペーンのように「キノホルムを悪く見せるものはなんでもOK」という時代だったからである。
このころは日本中の研究者がキノホルムをなんとか犯人にしようとしていた。
基礎の薬理学者である東京医科歯科大薬理の大塚正徳教授らはモルモット腸管平滑筋に対する作用をみて、高濃度のキノホルムが収縮を抑制したと報告する(収縮を抑える物質など山ほどある)。
これを甲野会長が「これはスモン腹部症状の発生機序の一部に手がかりを与えた」などと48年総括でとりあげた。それまで神経症状の方に衆目を向けさせ腹部症状にあまり触れなかった会長が思わず口を滑らせてしまったようだ。
もし腹部症状を気にしているなら、なぜスモン協議会は、腹部症状発生前のキノホルム服用率を調べなかったのか。
いや、アンケートには腹部症状発現日とキノホルム服用年月日の記入欄があったから、なぜ集計して公表しなかったか?
もう一つ大きな疑問。
医薬品というのは副作用がなくても薬効メカニズムの研究は盛んに行われる。
キノホルムはこんな単純な化合物なのに、動物や細胞を使った分子レベルでの発症メカニズムの研究がないのはなぜか?
例えば、
1.放射能ラベルのアジド体などを作り標的タンパクと共有結合させ、酵素なり受容体なり同定してキノホルムの毒性本体を暴く。
2.培養細胞などに投与し、遺伝子発現パターンの変化を見る。
当時は現在ほどの技術がなかったが、スモン協議会(国立鈴鹿病院内「スモンに関する調査研究班」)は今も続いているし、未解決テーマとして十分手掛ける価値はある。海外でアルツハイマー病への適用が話題になるならなおさら実験するべきだろう。
それなのに50年間も報告がないというのは、研究を敢えてしないか、実験しても何も作用がないか、どちらかであろう。
私としてはあまりにも簡単な構造式で、何かが出るイメージがわかない。
せいぜいフェノールとNのところで金属をキレートするだろうが、これより強いキレート作用のある生体高分子はありそうだし、そもそも金属イオン不足で神経特異的な作用になるとも思えない。
物は安定だから代謝されて反応するとしても、せいぜい肝毒性、腎毒性など、薬物一般の毒性だろう。第一、大部分の人に作用がないのだから、普通に考えられるターゲット(酵素、受容体)への特異的作用は期待できない。要するに実験する気が起きない。
(続く)
参考文献
1.謎のスモン病 高橋秀臣 行政通信社 (1976)
2.田辺製薬の「抵抗」 宮田親平 文芸春秋社 (1981)
3.スモン調査研究協議会研究報告書(グリーンブック) No1~No12 (1969-1972)
4.厚生省特定疾患スモン調査研究班 スモン研究の回顧 1993
5.スモン・薬害の原点 小長谷正明 医療 63, 227 (2009)
6.スモン病因論争について(1)~(4) 増原啓司 中京法学15, 1980
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