2018年9月11日火曜日

スベリヒユ食べて、秋の種まき

2018-09-07
子どものころから畑でよく見た雑草、スベリヒユ。
長野ではスベリヒョウと言った。
還暦過ぎて初めて食す。
今食べないとチャンスがないと思って。
茹でて切るとぬめりがあり、シャキシャキした歯ごたえと酸味。
意地で食べる大根の葉やキャベツの外葉よりずっとうまい。

この酸味はシュウ酸だろうか。大量に摂取すればカルシウムと塩を作り腎毒性が出るが、まあ普通に食べるには大丈夫。

黒豆は繁っているが、
実は多く着いたが、豆が大きくならない。

2018-09-07
お盆に長野から持ってきたセリ

春キャベツのあったところに、ほうれん草、白菜、ニンジンをまいた。
白菜はポットにまいて防虫ネットを張った。
左の緑ネットは猫除け。

2018-09-07
大根、小松菜をまくため、ナス、ピーマンのあったところを耕す。

大根は例年、混みすぎて葉ばかり繁り、小さなものしか取れない。
そこで今年は教科書通り、ゆったり作りたい。
しかし条間45㎝とすると写真のスペースだと4列しか取れず、さらに株間30cmとするといくらもまけないので、ここは全部大根にした。
整地して溝を作る。
しかし小松菜も蒔きたい。
たぶん小松菜は成長が速いだろう。
そこで大根の列の間にまき、大根が育ち始める前に、収穫してしまうことにした。

実は、白菜の苗を作るネットの中も、白菜ポットの間に人参の種をまいてある。
すなわち白菜が育ったらポットを抜いて、収穫後の黒豆のところに移植、そしてポットのあった穴を土で埋め、そのまま人参畑にする魂胆。

一枚の畑を夏と冬、2回使うだけでなく、各野菜の育ち速度を推定しながら、パズルのように菜園の時間・場所の割り振りをせねばならない。
都会の庭では、農家の人が笑うようなけち臭い苦労をする。


2018年9月10日月曜日

駒込村名主 高木家

庄屋は西日本、名主は東日本で使われるそうな。

家から650メートルだが、駒込病院の裏、天祖神社の境内を通るともっと近く感じる。
2013年千駄木に引っ越して以来、客人との散策で何回か案内した。

この日、家で仕事して昼になってしまう。
ランチを食べに江戸金へ行く途中、ちょっと立ち寄った。
宝永というのは1704年から1711年まで

2018-09-06
近づくと、いつもは見ない貼り紙が。
えっ、入れるの?

今まで見学会の案内をネットで何回か見たが、都合つかず、門内に入るのは6年目にして初めて。
木戸をくぐるとすぐ左(西側)に比較的新しい住居。
しかしひと気はあまり感じられず。
そのまま進んで門の裏に立つ。
傷みが目立つ。
高木家は明治以降、どうだったのだろう?
羽振りが良かったとは思えない。
江戸期をピークに衰退一路であったか?
右(東側)、明治の洋風の建物をみると、良い時代もあったようだ。
今は住まわれていないみたい。


式台付きの玄関
今の住宅、式台は家の中にあるが、昔はここから籠に乗るよう、軒の下ではあるが、家の外にあった。


舗装道路に戻り、塀の外から土蔵を望む。

ご子孫は母屋の西、北に住まわれているようだ。
道路に面した一角に高木という表札が二軒確認できたが、周りの家より小さかった。
古くて広い建物を維持することは、相当なご負担であろう。
安易に切り売りされないことに、感謝しなくてはならない。

後日、江戸時代の地図に高木家を探してみた。
尾張屋版江戸切絵図にはなく、手軽に見れて一番詳しい御府内場末往還其外沿革圖書(国会図書館)にもなかった。
武家だとどんなに小さくとも乗っているが、町家は載せなかったようだ。
左上の大きな赤は吉祥寺。その下が鷹匠屋敷(現駒込病院)、右上に岩槻街道(本郷通)と富士神社が見える。
左下赤の神明宮の右、「下駒込村」とあるところが、高木家の場所。

東京市及接続郡部地籍地図. 上卷
1912の地図にもやはり高木家は書いていない。
江戸時代に高木家の敷地であったはずの一角(富士神社からくる今もある道沿い)に駒込警察署があったことを発見した(今は民家)。


2018年8月31日金曜日

赤羽2 八幡神社と古家

2013年、北に転職、南に転居して、都内から埼玉まで通うことになった。
赤羽駅を出てすぐ、荒川を渡る前、星美学園の手前、左がわに気になる家があった。
古くて素敵。
南側に鳥居があって、神社関連の家なのか、普通の民家なのかずっと気になっていた。
ああ、あの家、と思う人は多いのではないか?
でも何人が実際に見に行くだろう。
京浜東北線から撮ろうとすると少し遠い。
すれ違い電車に邪魔されたりしてなかなか撮れない。
この日は上野東京ライン
2018-08-31
この左に鳥居があって、森の中が神社のようだ。

8月27日、遅い夏休み、気になって6年目、初めて訪ねてみた。
赤羽八幡神社というんだ。
赤羽駅を出た埼京線と新幹線がトンネルで神社の下に入る、その西側に坂道と鳥居がある。鉄道の工事用側道が参道を兼ねるような、むちゃくちゃな景色。
工事中は何年間もうるさかっただろう。
正式な参道はこちらかな。
まだ工事現場のよう。
本来は境内であったはずの線路のガードをくぐる
ちょうど、赤羽駅を出た埼京線・新幹線と在来線がつくる細い三角形の中にある。
神社のイメージ、緑の静寂とはちょっと違う。
新幹線をくぐると鳥居の向こうに京浜東北、上野東京ライン、湘南新宿ライン。
反対側から見ると不思議な感じ。
荒れ地が迫る場末のようなところに日露戦役の招魂碑など多数。

神社への正式な石段の手前、線路側にもう一つの石段。
上がると、電車から見ていた家。
恐る恐る覗くと誰もいらっしゃらない様子。
失礼して写真だけ撮らせてもらった。
どうも、神社関係の人ではなさそう。
このまま朽ちてしまうのは惜しい。

戻って正面の石段を上がり八幡神社の本殿へ。
周りから隔絶されているせいか誰もおらず静か。
本殿の横に、さらに鳥居がある境内社。
立派すぎると思ったら大国主神社・疱瘡神社・稲荷神社・住吉神社・大山神社・阿夫利神社・御嶽神社・北野神社がまとまっているらしい。

本殿東側を見ると上野東京ラインが見えた。
昔は関東平野が一望できただろう。ここは三方崖になっていて、この日、このあと行った稲付城址に勝るとも劣らぬ、築城適地である。

蔵がいっぱい。一つ大きなものを作ればいいのに、どんな理由だろう?

初めに見た工事用側道のような参道を上から見る。
鳥居の向こうから新幹線が来るのが見えた。
鉄道ファンの間では有名なスポットらしい。
この後ろは星美学園のグランド、かつて陸軍施設があった。

ネットで調べると
江戸時代には、岩淵郷五ヶ村(赤羽根村 下村 袋村 稲付村 岩淵本宿)の総鎮守。
明治16年、上野熊谷間の鉄道敷設によって宝幢院(京浜東北線の東に今もある)とつながっていた敷地を分断され。
明治20年、陸軍工兵大隊の移転先として、社殿後背地を管轄していた東京府が供出。
明治41年、稲付にできた兵器補給廠と東北本線との連絡のため現参道に軍用鉄道敷設。
大正には東北上越方面との物資輸送増大で旧参道部分に赤羽貨物駅設置。

かつて徳川家の庇護や加増もあって、明治の初年ころには四千坪を有したが、身を削られ続けて、昭和7年には1400坪を切った。今はもっと小さいはず。
集められた境内社は、削られた部分にあったのかもしれない。

そして
1971年、東北・上越新幹線工事が認可され起工。
1982年、新幹線の大宮以北が開業
1985年3月、上野~大宮間が延伸開業、
同年の9月埼京線開業

現在も、時代遅れでとうに建設不要とみられる都道85号線道路計画にまた参道と階段が計画線上に掛っているらしい。

社務所は立派であった。
宮司は、諏訪神社、八雲神社、熊野神社、香取神社(この日訪問)を兼務される。



追記)
9月8日、京浜東北線、上野東京ラインよりもさらに近づいた湘南新宿ラインから撮影。
削られた境内や、新幹線、埼京線が神社の山に突っ込む様子がはっきりわかる。

左に鳥居、中央に神社の石段、右に例の家。




2018年8月29日水曜日

赤羽1 気になる香取神社の交尾像

もう7年前か。
2011年4月の晴れた日、赤羽から山と谷が交互に続く道を上中里まで歩いた。
途中、赤羽の香取神社に寄ったとき、
なんと境内に雄が雌の上に乗る獣の像があった。

犬?狼?獅子?竜のように痩せた、二匹の怪獣が重なり咆哮している。
黒く光る金属の塑像だから素人が作れるものではなく、何の説明板もなかったが、恍惚とした表情、踏ん張る手足のこわばりなど、躍動感のリアリティがあって、力量ある作家の作品と思われた。

最近、もう一度見たくなってネット検索した。
この神社の訪問記は多くあるが、交尾する動物像に関してはいくら探しても出てこない。

さては、あの像は違う神社で見たのだろうか。
当時は携帯も持たなかったし、記録する習慣もなかった。

いつまでも気になるので、遅い夏休みに行ってみた。
7年前と同じ道、赤羽駅西口、イトーヨーカ堂の南から石段を上がる。
木が繁り、素敵な古い家の間を通ると静勝寺の裏に出る。
2018-08-27
ここは稲付城のあったところで三方を崖で囲まれ、武蔵野台地の北東の端、関東平野を見渡せたはずだが、いまは赤羽駅のホームに入る電車が見える。
静勝寺は太田道灌の死後、城の一角に建てられた道灌寺が始まり。
江戸時代に道灌の戒名をとって静勝寺となったらしい。

静勝寺の周辺は細い坂道、石段が多い。崖多ければ樹木多し。
車はほとんどいない。
埼玉に住んでいたころ、この辺りが気に入って、何件か不動産屋に物件を紹介してもらったが成約に至らず。

さらに南に歩くが、道に迷った。
なんせ、この地形にしばられ、道がまっすぐでない。行き止まりもある。
ロケに使えるほど素敵な家々を見ながら、いよいよ迷った。

途中、三、四十代の夫婦が大きな犬と散歩されていたので、尋ねると
「うーん、どっから行ったらいいかな。うーん。
説明しづらいので一緒に行きましょう」

周りの家を見ながら歩きたいのだが、犬が速い。
香取神社の裏手まで連れて行ってもらった。

前回は南の坂下から正面の石段を上がったので勝手が違うが、境内を歩くと何となく思い出した。ここも三方崖で、見晴らしがよい。

力石。
この神社一番の見ものであり、説明文もあるが、7年前に見た記憶がない。

くまなく探すも交尾像は見当たらず。

あれは違う神社だったのだろうか。
ひょっとして像も神社も、夢で見たのだろうか。
ちょうど新幹線が通った。
この景色は交尾の獣と同じような確かさで覚えているのだが。


がっかりして帰る間際、石灯籠の台座に交尾する狛犬を発見。
7年前の像はこれをモチーフに誰かが製作、奉納したのだろう。
しかし、教育上よくない、とクレームが付きすぐに撤去されたか。

像はなかったが、あれは間違いなくこの場所だった、と確信した。


2018年8月25日土曜日

生ごみから発芽、芋、カボチャ

息子が小学生の時、夏休みの自由研究で、食べた後の野菜、果物の種の発芽を調べた。
ふつう、キウリなど果肉が腐るほど熟させて採種するが、八百屋さんに普通に売っている食用のものでも、(種が成熟していなくても)、脱脂綿の上で結構芽が出た。
ナス、トマト、ピーマンは当たり前、ブドウやリンゴ、桃、ほとんどのものが発芽した気がする。

実験でなくても、生ごみを普通に捨てるといろんなものが発芽する。
大部分は発芽しても深すぎて地上を目指す途中で力尽きるか、地表で干からびるか、あるいは発芽中に耕されたり、草と一緒に抜かれたり。

彼が発芽させたグレープフルーツは4年育てたが、棘が邪魔で、当分生りそうもなかったので切った。
リンゴは長野の親が送ってくれたものだから育てているけどちっとも大きくならない。

今、千駄木で望まれぬまま、人知れず発芽しているものは、
2018-08-25 カボチャ

アボカド

最近は発芽すると邪魔だから、埋まらないように他と分別して捨てている。

山芋
ジャガイモ、サツマイモ同様、皮から簡単に発芽。秋になると小指の先くらいの芋が地中にできる。他の作物の邪魔にならないように、他へ移すとまた春先に出てくる。

生ごみから2年目の山芋。むかごもあり。

カボチャは見つけるとすぐ抜くのだが、それを免れたものが、今年は生垣の上を蛇のように張っている。

こいつはなぜか雌花ばかり。
例年、雌花はいつの間にか茶色になって腐るのだが、どうだろう?

2015-08-10
3年前に初めて実が腐らずに熟した。
カボチャは雌花が成長すると葉が頑張って繁る気がする。

2018-08-18
今年も食べる気のない、小さなジャガイモが予期せぬところからとれた。

2018-08-18
これは生ごみでなく植えたものから