2026年1月1日木曜日

自作のしめ縄を飾り、ネクタリンを移動した

 2023年5月からシェアガーデン北千住で野菜作りアドバイザー兼管理人のアルバイトをしている。12月はしめ縄作りのイベントがあり、今年で3回目。毎年作り方を忘れてしまい、教える必要もあるから練習もして、何個も作って来た。今年は捨てずに持って帰って来た。

我が家は毎年スーパーに売っている門飾りを買っていた。松の枝2本で800円くらいのやつ。
今年は自作のものを飾る、と妻に言っておいた。
しかしあまり早く飾ると妻が気付いて「みっともない」と買ってきてしまいそうなのでぎりぎりまで袋から出さなかった。

29日、31日は二重苦、一夜飾りとかで良くないらしい。
30日に飾ることにした。
2025₋12₋30
しかし太さ、長さの違う3本をバランスよく飾るのは難しい。
同じもの2本を両側に飾るのは簡単だが、これはどうしよう。結局3つを合わせて1つのように仕上げなくてはならない。丑の刻参りの藁人形みたいになったりして難航したが、何とか完成。

しかし何か物足りない。白い紙の幣(ぬさ)、御幣(ごへい)でもつけようと思ったが、面倒。
庭で飾れるものを物色した。
あると思ったセンリョウ、マンリョウの赤い実は時季が過ぎ、皆落ちてしまっていた。
ほんのわずか残っていたマンリョウの赤い実をつけ、上にセンリョウの緑の葉っぱを立てた。大分ユニークな門飾りになってしまった。通行人の目より妻が怖い。

翌日、センリョウの枝より葉っぱの硬いミカンの枝にしようと思って庭に出る。

ふと、数日前から移植を考えていたネクタリンが目についた。
ネットで買った苗を植えてまる1年。このまま成長するとだいぶ大きくなることに気が付き、移植の必要性を感じていた。
やるなら年内にしてしまおうと作業を始める。
2025₋12₋31
左プラム、右せとか、に挟まれている。ネクタリンが一番広がっている。
直径2.5メートルくらいにはなるだろう。
10:13
問題は通路を塞いでしまうことだ。
夏、この木の下をくぐって作業したとき、手や首が非常にかゆかった。
アブラムシがいて、その死骸か羽が舞って皮膚に付着しアレルギー反応でも起こしたのかもしれないが、よく分からない。
いずれにしろ、この場所はまずい。
移植するために掘った。
10:24
だいぶ根っこを切ってしまった。
いくら冬季とはいえ、かなりのストレスである。

10:41
長芋を収穫したあとに植えた。

慎重に寸法を測り場所を決めたのだが、植えた後、再び考える。
狭い庭に植えるからぎりぎりの位置である。
もし建物側(通路側)に思ったより枝が茂ったら切らなくてはならない。
実が先端につくようなら、一方向は常に実がないことになる。

位置をずらそうか、しかし木にとってストレスだろうな。
枯れてしまわないだろうか。枯れたら、2年遅れることになる。
この年で2年は大きい。

いろいろ悩んだが、午後、再び移動することにした。

15:03
30センチくらい東にずらし、家の壁から離した。
これならいくら茂っても、他の植物を切ったり、野菜用の畝を短くすればいいだけだ。

2025₋12₋31 15:05
2回も掘り出されてネクタリンもいい迷惑だ。
しかしこちらは悩みが解消され、満足して年を越せる。

この日は大みそか、年越しそばで、夜に米を食べなかったせいか、ふとんに入ってから腹が減りしばらく寝付けなかった。
ネクタリンの植え替えに満足したはずだが、ふと、フェンス際のレッドロビンは邪魔になるから切らねばならないことに気が付いた。するとネクタリンが秋に落葉すると道路から庭や物干し(洗濯物)が丸見えになる。ここはせとかや不知火など常緑樹のほうが良かったのではないか?
あす、せとかとネクタリンを入れ替えようか、と再びふとんの中で悩んだ。

元旦。
真っ先にやることは庭に出ること。
新しい空気を吸うとか空を見上げるとか、そういった新年行事的なことではなく、昨日のネクタリンを見てあれこれ考える。今せとかのある場所の寸法を測ったり。
せとかと入れ替えることで、せとかも枯れたらどうしよう。
さすがに3回目の移植は思いとどまっている。

柿、夏ミカン、温州ミカンと違い、せとか、不知火、プラム、ネクタリンはまだ木が幼い。
生るのは今年か来年か、再来年か。
旨い果実がなることを楽しみにして、一つ年を取った。
果樹を育てるということは、死に近づく年取りさえ、楽しみに変えてしまう。

父は75歳で畑の巨峰をすべて抜いてピオーネの幼木を植えた。私とは比べ物にならないくらい木の成長、収穫を楽しみにしていたはずだが、翌年がんが見つかり、ピオーネを出荷することなく4年後に他界した。

ネクタリンが甘い実をつけるころ、私の注連縄作りはもっと上手になっているはずだ。