駅ビル、デパートが夕方で閉まり、首都圏JRがすべて運休した9月30日夜。
23時ころから風雨激しくなり、布団に入っても寝付けず。
暴風は一定に吹くのでなく、短い休みがあって、再び猛々しくなる。その間隔、周期は何か、なんて意味のないことを考えれば眠れるかと思ったが、嵐の音はすさまじく、ひとり起き出してテレビのニュースを見たり、カーテン越しに大揺れする木々を眺めていた。
翌10月1日、朝起きて真っ先に見たのはこの桜。
地上1メートルのところで周囲3メートルという公式記録。
だいぶ低くしたとはいえ、どっちに倒れても家々を間違いなく破壊する。
立っていてほっとした。
私が身近で見た一番の台風は、1979(昭54)年。
根津から本郷に上がる弥生坂、浅野キャンパス側のイチョウの木が歩道に倒れ、知人の下宿は屋根が飛んで部屋から空が見えた。彼は東北大から一時東大の研究生となり、この台風のあと昭和電工に就職を決めた。
それに匹敵するものが来たら、我が家の老いたサクラは倒れて不思議はない。台風24号が記録的というなら、危ないではないか。
昨晩眠れなかった原因はこれだった。
黒豆の倒れているのは想定内
パパイアの枝のような葉っぱが何本も折れた。
収穫まであともう少しだったのに。
残った葉っぱの光合成で足りるかどうか。
白菜の苗床。ネットがつぶれたのはご愛敬。
ミカンは支柱ごと傾いた。
根こそぎ倒れる木のことを考えれば、軽いほう。
猫除けネットが剥げ、か弱いほうれん草の苗がみえない。
ネットに引っかかって抜けたり千切れたりしたのかと思ったが、大雨で泥に埋まったようだ。今年もダメかも。
お隣さんはまだ雨戸を閉めたまま。
そういえば雨戸を初めて見た。
外に出ると、やはりイチジクの幹が傷んでいた。
塀の近くに植えたため、幹がブロックの角に接触し、暴風で夜通し何百、何千と揺れることで、固い角が刃物のようにイチジクの枝を削り続けた。その結果、樹皮が剥げるどころか、幹が深く抉られてしまった。
こちらの枝はブロックの角に当たる部分を以前から布で養生していたのに、その下の部分が暴風で抉られた。
先の方には今年初めて実がなっていたのに残念。
この桜、さぞかし葉っぱをまき散らしただろう、と思ったら意外にも、ほとんど落ち葉がない。暴風は落ち葉をうんと遠くまで飛ばしてしまったようだ。南の隣家の玄関扉のところに少し溜っていたが、門扉を開けて掃除するわけにもいかず。
枯れ枝と、見たこともないイチョウなどの葉っぱが混じっていたのがいつもと違った。
掃き掃除のあと朝食、朝8時ごろ家を出る。
商店の植木鉢など倒れていた。
駅は大混雑。
いつもは大宮まで35分程度のる京浜東北線が、倍以上の1時間25分もかかり、10:15やっと職場に着いたら、松の大木が倒れていた。
これから、こんな台風がしょっちゅう来るのだろうか。
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