4月22日、正午に岡山の総社駅でレンタサイクルを借り、あちこち回った。
秀吉による水攻めで有名な備中高松城を出発したのが16:11。
17:00までに自転車を返さなくてはならないが、返却場所は備前一宮駅である。国が違うことに気が付いた。かなり遠いかもしれない。全く余裕がない。
国道180号をひたすら走ることになるわけだが、そこへ出る前にJR備中高松駅の前を通ったら大鳥居が見えた。これは高松城の近くでも見えて気になっていた。
16:17
最上稲荷の大鳥居
最上(さいじょう)稲荷のシンボルで、昭和47年(1972)に建立された。高さ27.5m、柱の直径4.6m、総重量2800トンという。
鳥居ということは参道の入り口だが、その先は「最上稲荷山妙教寺」という日蓮宗寺院である。神社でないのに鳥居とは変だが、明治の廃仏毀釈、神仏分離令の際、特別に神仏習合が許されたらしい。
もともとは桓武天皇の時代、現在の地に龍王山神宮寺として建立された。
竜王山は備中高松城水攻めの際、秀吉の本陣となったところだが、戦火によって堂宇を焼失した。江戸時代が始まってすぐの慶長6年(1601年)この地を治めた旗本の花房職之が最上稲荷山妙教寺として再興した。
自転車に乗ったまま写真を撮った。
JR吉備線(桃太郎線)と並行する国道180号をひたすら南東に走った。
(1907年に開業した吉備線の愛称・桃太郎線は2016年に制定された。)
ちなみにゲームの「桃太郎電鉄」は、すでにあったゲームの「桃太郎伝説」をもじったもので、吉備線とは関係ない。
途中、国道沿いに吉備津神社があった。
というか、国道が神社参道を横断していた。
せっかくなので右折して松並木の参道を走って少し「寄り道」した。
16:32
吉備津神社
備中国一之宮。
東にある吉備津彦神社とともに背後の吉備の中山(標高175m)をご神体とする。
主祭神は大吉備津彦命である。
本来は吉備国の総鎮守であったが、持統天皇3年(689年)の飛鳥浄御原令の発布をもって吉備が備前・備中・備後に分割されたことで備中国の一宮となった。
備前・備後の一宮はそれぞれ吉備津彦神社(中山の北東麓)、吉備津神社(福山)であり、主祭神は同じ大吉備津彦命である。
16:33
旧社格は官幣中社である。国幣小社の備後吉備津、備前吉備津彦より社格が高い。
吉備分割前の総鎮守だから「三備一宮」を名乗る。
本殿・拝殿が国宝ということは後で知った。足利義満造営とされ、全国唯一の比翼入母屋造(吉備津造)という。
時間がないので自転車を降りずに写真を二枚だけとって急いで国道にもどった。
ひたすらこぐ。
どこかで備中・備前の国境を越えたはずである。
何とか間に合った。16:48
備前一宮駅
レンタサイクル店は駅前と書かれていたが、改札の横だったから駅の一部に見え、最初分からなかった。おば(あ)さんが3人、自転車の受け取りをしていた。
自転車を返して一安心。
駅名にもなっている備前一宮・吉備津彦神社に行ってみる。
すぐそばだった。
16:52
三備の一宮の共通祭神である大吉備津彦命は、日本書紀によれば第7代孝霊天皇の皇子。第10代崇神天皇が各地に派遣した四道将軍の1人で、西道を担当し、吉備の国を平定したとされる。(ほかの3人は北陸、東海、丹波で、大和政権の地方征服が神話になったといわれる)
16:53
左上の地図に先ほどちらりと訪ねた備中の吉備津神社が背後の山の向こう側に描かれていた。
それにしても備中、備前、備後は近い。間に山や川があるわけでもない。
吉備を分ける必要があったのだろうか?
先進地域だったのは間違いないけれど、わざわざ分けた理由が分からない。
16:54
「亀島亀島神社」
島と神社ということが最初分からなかった。
矢印の向きも変わっている。
16:54
鶴島靏島神社
鶴の字が違うのは、島は物体、神社は人格があるかのように扱われているからか。
16:57
吉備津彦神社の拝殿の下
祭神の大吉備津彦命は中央から派遣され吉備を平定したとされる。
彼が平定したのはこの地を治めていた権力者であるが、なぜか彼が温羅という鬼を征伐したという物語が吉備津神社の縁起にある。室町時代にはできあがっていたらしい。
神話の時代なら大和政権の地方征服を正当化するため鬼を出すのは分かるが、中世になれば必要ない。
吉備津神社側としては祭神を英雄化するため、鬼を作る必要があったのかもしれない。
すなわち征服したのが神社の周りの地元民では都合が悪い。悪い鬼が良い。
鬼は、北方の鬼ノ城(きのじょう)を根拠としたらしい。私が自転車で行くのを断念した山城、日本百名城の一つである。鬼ノ城は室町時代には謎の廃墟となっていて物語にちょうど良かった。新羅・唐連合軍に敗北したことによる7世紀の対外防衛施設という説もあるが(当時はすぐ近くまで瀬戸内海が入っていたかもしれない)、中世の人々はそんなことは考えない。
大吉備津彦命の温羅退治の物語に合わせて、地元は周辺の様々な神社などを観光スポットにするため作り話を広めているが、ここでは書かない。
16:58
しめ縄はけば立っていて手作り感があってよい。
大吉備津彦命の鬼退治はおとぎ話「桃太郎」の原型になったとされ、岡山では大々的に宣伝している。あちこち像を建て、2016年にJR吉備線を「桃太郎線」にしたほどである。(JRの料金路線図も桃太郎線が主で吉備線はカッコ内)。岡山空港も2018年から岡山桃太郎空港である。
しかし、桃太郎が岡山県と思われるようになったのは1960年以降で、それまでは全国にこの話が伝わっていたこともあり、愛知とか香川のほうがゆかりの地と思われていたらしい。
岡山と結びつけたのは唱歌「桃太郎」の「きびだんご」であろう。というか、これしかない。しかし、これは黍団子であり吉備団子ではない。
私も帰る前に買ったが、岡山駅にはキビ団子(もちろん普通の団子)がいっぱい売っていて、桃太郎=岡山は既成事実になりつつある。
世の中というのはサイエンスも含め、事実というのはこういうものだ。
自転車を返して時間的余裕はあった。
しかし疲れていたこともあり吉備津彦神社を早々に退出し、備中一宮駅に戻った。
ホームのベンチに座ってコンビニパンを食べた。
人はほとんどおらず、外国人のファミリーが1組いた。
17:38
「桃太郎線」を通って岡山駅に到着
ちなみに「桃太郎」のような物語は全国にあった。いまは流れてきたモモがぱかんと割れて赤ん坊が出てくるが(果生型)、江戸時代はモモを食べた老夫婦が若返って子を授かるという話(回春型)が主流だったとか。
(続く)
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